スマホ通知を全部切る

スマホの通知が目に入ると気になる

おはようございます。SNSデトックス12時間後の、朝のブログタイムです。といっても10分程度しかないので、さっくり行きます。書きたいことは山ほどあるのですが、今回は、SNS断捨離に合わせてスマホの通知を切ってみたことの効用について話してみようと思います。我々令和の現代人は、調べ物から動画閲覧、音楽を聞くまで全てスマホ 1 台で事足りてしまうぐらい、ネット環境とスマホがあればできてしまいます。特に SNS からの情報は影響を与える力が大きいです。そりゃ、人間ですから、人間のやることには興味が付きないわけです。本当は、人間を含む大宇宙の成り立ちや行く末こそ気になるので、相対性理論の基礎から腰を据えて勉強しようと思うべきではないかと思いますが、残念ながら、筆者を含む普通の人間って、やっぱり人間が気になるのは仕方ないと思います。これは、人間が人間として生存してきた遺伝子レベルで刷り込まれてきた社会性の為せる業であり、ホモ・サピエンスの中でも体格的には非常に劣位にあったはずの我々のご先祖のホモ・サピエンス・サピエンスのみなさんが、ひとりひとり持っていたこのこじらせ根性によって、人間は社会的存在となりこの地球上で互いに殺し合いながらも2024年現在80億人にまで増えた原動力でありますから、仕方ない面があります。

最近ではネット通販のレビューのように SNS で人気を調べる人も多いかと思います。しかし、リール画面を眺めていても自分の力が伸びたり頭が良くなったり仕事が進んだりすることはめったにありませんから(たまにあるw)、そんな時代だからこそ、常に最新の情報が手に入る通知機能は便利な反面、邪魔になってしまうこともあるわけです。というか、邪魔のほうが多いんじゃないでしょうか。確かに、最初は気になってしょうがないようにも思える、スマホの通知をオフすると起きるメリットとは何でしょうか。我々は、本当に多くの時間をスマホを使って過ごしています。毎日持ち歩くスマホを常に新しい情報を、仕事で使用している人は尚更スマホに触れる時間がないかと思います。仕事中は仕方ないとしても、多くの時間をスマホとともに過ごしている現代では反対に多くの時間をスマホに取られているとも言えます。1 日の限られた時間の中で効率よくスマホを使う時間を考えることが現代では求められているのかもしれません。

で、スマホに情報が載って、「俺を見てくれ主よ!!」と叫ぶその通知は本当に大切なのか。しばらく寝かせておいてもいいのではないか、と思い至ったわけです。自分を取り戻すために。そもそも、その通知は本当に必要なもの、大切なものなのでしょうか。必要で大切なら自分にとって十分価値がある情報だと思います。しかし、そうじゃないならその通知は不要かもしれません。自分のオリジナルのやることに集中しているときに、気が散るのであれば、それは刺激が強すぎます。通知をオフにすることで多くのメリットと新しい体験に出会えるはずです。一部のメリットで自分が体験したのは、以下のようなことです。まず、物事に集中できます。通知をオフにすると当たり前ですが通知が鳴らなくなり、見えなくなり物事に集中して取り組むことができるようになります。集中している時にいきなり通知の音が鳴ってびっくりすることもなくなります。筆者は音は電話ですら鳴らさないようにしているのですが、これで、目から余計な情報が入ることもなくなりました。集中している時ほど、他の音は邪魔になりがちです。スマホの通知のせいで集中できない人は通知をオフにしてみることをおすすめします。次に、他のことに時間を使えるようになります。通知が来てすぐに開いて見てしまう人は多いかと思います。そりゃすぐに処理してくれよ、とGAFAMのトップレベルのエンジニアたちがこれでもかと訴えてくるのを無視するのは至難の業です。しかし、あえて通知をオフにし通知が来ない状態を作ることで違うことに時間を割けるようになります。普段からスマホばかりに使っていた時間を勉強や趣味などの時間に使えるのはとても時間の有効活用と言えるでしょう。

それから、これが一番なんですけど、スマホを見ることが癖になっている人は、通知がなくても見てしまったり、手持ちぶたさでなんとなくスマホ触ってしまっていました。今は、スマホは他の家電(たとえば、この入力しているPC)や本、辞書や六法wと同格の単なる文具です。分かってはいるけど触ってしまう人や癖になっている人は通知をオフにすることでスマホを気にしなくなる可能性が高いです。わたしは、これでスマホが他の文具と同格となりました。今や、スマホはKindleとして使っている時間の方が長くなりつつあります。つまり、SNSでやメールの返信は、平成時代に戻って(PCから)やるようになってきているのです。スマホの指クリックなんかより、昭和生まれには、PCのキー連打の方が早く、さらに画面もデカい。すばらしいですPC。確かに、いつでもどこでも開けるという点では、スマホに一日の長があります。しかし、文具なんですから、なんでもスマホ頼りにしなくてもいいわけです。一番ドライバーのみで、すべてのコースを回るプロゴルファー猿になる必要はなく、その場に応じたアイアンやパターを選定できるか、そういうバランス感覚が必要なのです。それから、ガジェットのほうが主人の筆者のほうに通知して見ることを命じてくる、強制してくるというのも変な話であります。通知をオフにすることで通知が来ないか不安になったり、何回もスマホを確認する必要がなくなります。最初は不安でも思い切ってやってみるといいかもしれません。とにかくやってみる、これが大切です。徐々にオフにする時間を長くしていくことで自然とスマホ依存から少し離れられる生活が送れるかもしれませんが、筆者は一気にやってしまうのをおすすめします。さらに、すぐに調べる癖をやめることができます。今手持ちの材料で、自分の頭で考えるようになります。なんでもネットを使えばすぐに必要な情報が手に入る時代です。しかし、ネットを使ってなんでも調べる癖がついてしまうと、自分で考えることもやめてしまいます。考え事や調べ事で無意識のうちにすぐ調べてしまう人は注意が必要かもしれません。なぜそうなのか、どうなっているのかなど疑問や疑うこともせずにネット上に転がっている情報を安易に信じ込んでしまいます。すぐに調べる癖を一旦やめることで判断できる力などをつけることができるのは通知をオフにし、スマホを使わない方法ならではのメリットと言えそうです。

確かに、全てをオフにしなくても良いとも思えます。中には緊急の連絡や重要な内容が含まれているかもしれません。しかし、そんなに緊急の連絡って、そうそうあるでしょうか?筆者は25年以上にわたる勤め人(サラリーマンという言い方は嫌いなので、仕事人という言い方をします)の経験から、慎重に、自分に電話をかけてくる人を絞って、それ以外は、できるだけメールやSNSチャットの非同期通信で物事や相談ごとや仕事が進むように、丁寧に仕分けてまいりました。ですので、筆者の電話が鳴ることはほとんどありません。筆者を知る人も、筆者が電話を取らないことは知っているので、伝えたいことや要望したいことを簡単にまとめてメールやチャットで寄越してくれます。確かに、中には緊急の用件もあるでしょう。その場合は何度も電話を鳴らすとか、伝書鳩を飛ばすとか狼煙を上げるとか直接出待ちするとかして、なんとか私にたどり着いてくださいw、と割り切るのも良いのではないでしょうか。

そして、大切なのは集中できないようなアプリやサービスの通知をオフにすることです。特にやゲームの通知などは集中するのに必要とは言えません。むしろ気になって集中できない要因になってしまいます。ゲームをやるときは、腰を据えてゲームに集中する。でないとゲーム(の開発者)にも失礼でしょう。そういった通知をオフにすることで集中できたり他のことに時間を使えたりと違った考え方や捉え方ができるようになるのではないでしょうか。通知オフはスマホ依存からの第一歩です。頭では分かってはいるけどついスマホを使用してしまう、通知が気になってつい見ちゃう人は通知をオフにすることで新しい価値観に出会えるかもしれません。時間を決めたり寝る時間から逆算して通知をオフにすることでスマホに縛られない時間を作ることができるのでおすすめです。スマホに使われるのではなくこちらが主体的にスマホを使う。
本当に必要な通知なのか考える
全ての通知をオフにする必要はない
時間を決めたり逆算して通知をオフにする
私も通知をオフにしました。

自分の人生をスマホに投影せず、自分の脳内に投影して身体で表現しましょう。大いに悩んでしくじって、失敗して世の中に小さいインパクトと衝撃を与えましょう。それが、きっと、あなたの生きている実感に繋がります。集中でき、時間を大切にすることは、そのまま自分自身を大切にすることです。生命を丁寧に、ときに大胆に粗末に使うための第一歩として、考えてみてはいかがでしょうか。最後はいつも通りの大風呂敷になりましたが、本日の記事は以上です。