(2019/12/24)「自動押印ロボット」は実用化できないと思われるたった一つの理由(法学部卒の筆者より)

押印ロボットによるデモの図(イメージ)

おはようございます。

自動化、人工知能と呼ばれる業務の効率化や省力化が叫ばれて久しい少子高齢化の世の中になりましたが、このままいくと、人の手を介して何かのサービスが提供されることは、とてつもなく高くつくものになっていくであろうという予感があります。

さて、自動化の究極の形として、(筆者がその才能を妬ましくすら思っている)虚構新聞のネタではなく実際にお披露目された、自動押印ロボット(2019年12月18日〜21日まで東京ビックサイトで開催の「2019国際ロボット展」で出展された)というのが、ツイッター界隈などで広まると、そのシュールさに読者の方々は恐れおののき、そうして様々な「感想」を述べておりました。

しかしながら、法学部出身(司法試験には落ちたけど)の筆者からすれば、この高性能な自動押印ロボットは、その性能ではないたった一つの理由で、実用化できないということになるのです。

法律上「人」ではないことが明らかなロボットが押印した文書は法律、特に民事訴訟法上どう扱われるのかという論点、これをどうしても乗り越えられそうにないわけです。

最初に、訴訟における署名や押印(ハンコ)の証拠力を規定した民事訴訟法228条4項 をみてみましょう。

民事訴訟法第二百二十八条

4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。

つまり、この「本人又はその代理人」の「署名又は押印」が私文書が真正に成立したか否かの判断要素になるのです。

この条文のおかげさまで、日本では、文書に「署名」ではなくて「押印(ハンコ)」であっても、「真正に成立した文書であろう」と裁判所に推定してもらえることになるのです。

そして、「押印(ハンコ)」という印影の存在自体をもって、判例では、

文書中の印影が本人または代理人の印章によって顕出された事実が確定された場合には、反証がない限り、該印影は本人または代理人の意思に基づいて成立したものと推定するのが相当であり、右推定がなされる結果、当該文書は、現行民事訴訟法228条にいう「本人又は」其ノ代理人ノ(中略)捺印アルトキ」の要件を充たし、その全体が真正に成立したものと推定されることとなる
(最判昭和39年5月12日民集18巻4号597頁)

とされていることから、「結果」としての印影の存在そのものをもって、民事訴訟法228条の前提である「本人又はその代理人」の「署名又は押印」であることを「推定」した結果、結論として、押印された文書全体が真正であるという推定を働かせるということになっているわけです。

いわば、上から下から、右からも左からもきっちり論理でなぞって全体として真正である文書であるという、強い推定を働かせています。

しかるに、これは、裁判所の裁判官なりのエライ人たちが、「ハンコって、大切に金庫なんかに保管していて、正当な代理権などの権限がない限り持ち出して押せたりしないよね?」と強く信じているからこそ、成り立つ「推定」でありまして、それなのに、まるで工業製品のように、押印文書が次々と「生産」されているという生産現場を、この東京ビックサイトで開催されている「2019国際ロボット展」での出展を見てしまって想起してしまったら、どうでしょうか。

ロボットが「本人」ではないことは明らかで、さらに法的に「人(自然人)」でもありませんから「代理人」にもなれません。

ロボットに法律上の人格いわゆる「法人格」を与えようという議論もありますが、それを認める法律は2019年の現在ではありません。

あくまで、ロボットは物体に過ぎないのです。

もはやこれは本人の押印という推定の崩壊、に向かいかねない状況です。

一つ一つ、丁寧に手作りで作られていた内職の笠張りのお仕事が、一気に1時間100本単位で生産されてしまうビニール傘にとってかわってしまった、そのような驚きとか、諦念に似たものにつつまれてしまうでしょう。

そうして生産された、ロボットが押印作業を行って「作成」された文書を、いくら整っていても本人が作成した真正な文書として、裁判所が推定するのかといえば、これは厳しいのではないでしょうか。

筆者は法学部卒の法律学徒ですので、ここは三百代言を駆使して、例えば、この押印ロボットが全体として、「印鑑」であるという「主張」を行い、そうして、このロボットの操作パネルにある 【Start】 ボタンを押すことで、この巨大(すぎる)ハンコを作動させているのは本人に間違いないではないか、なので本人の押印と同視できる、とでも言いたいところですが、残念ながら、この主張にも少々無理があるでしょう。

実際の、ロボットによる押印作業自体は、工場の流れ作業のように表記しますと、

(1)印章ユニット装填 → 朱肉づけ → 押印 → 印章ユニット取外し

(2)紙めくりユニット装填 → 紙めくり → 紙めくりユニット取外し

という2つのユニットのバランスの取れた相互作業というプロセスであり、さらに、ロボットは2つのユニットに分けられることから、法的検証作業はさらに難しくなってきてしまっております。

印章ユニットが「主」なのは間違いないようでありますが、紙めくりユニットは完全な「従」として定義してもよいのだろうか、そうではなくて、印章ユニットと紙めくりユニットが一体となって押印作業を行っているのではないか、など、考えれば考えるほどわからなくなってまいりました。

▼ 自動押印ロボ(YouTube)
https://youtu.be/rCm7lFChqdU

さすが縄文時代の三内丸山遺跡の頃からのモノづくり大国、日本のお家芸です。

プロダクトのすみずみまで行き届いた細やかな配慮、これこそクールジャパンといえる自信作です。

たとえば、紙めくりユニットのロボットアームの先に付いた「黒い円盤」の裏には「赤い円盤」がありまして、これは、「空気を吸い込んで紙面を引っ張り上げてめくる」のではなく、この黒と赤の境目から空気を吹き出す内外の気圧差で「紙面を円盤に引き寄せてめくる」という仕組みになっているのです。

紙を掃除機のように吸引すると、いくら優しくやっても、状況によっては契約書等の重要押印文書を痛めたり、破いてしまう恐れがあるということです。

また、「エマージェンシーボタン」として、角に取り付けられた赤く大きなボタンがあります。

これは、ISO規格等の定めにより、このボタンなかりせば、ロボットが危険な動作を示すことの対策として、周りに柵を設ける必要が出てくる、ということです。

確かに、単なる事務機器に過ぎない押印ロボットの周りに柵があるのでは、書面の差し替えも印章の取り換えも非常に難しくなってしまいます。

結論としまして、実験やデモとしては面白いですが、作業内容そのものというよりも、法律的な前提や整備が不十分な状況であるため、この押印ロボはあくまで実験機、デモ機であり市場に出てくることはなかろうと考えた次第です。

それでは、今夜はクリスマスイブ、良いクリスマスをお迎えください。

このような法学徒による法律談義をたまにやりたくなります筆者からの呟きは以上です。

(2019月12月24日 火曜日)

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2019年12月24日記事(動画解説)

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