戦後日本が生んだ東京大学卒の最大のベンチャー起業家「江副浩正」氏の精神を学ぶ話(2021/02/24)

▼数学教師の息子として四国愛媛県今治市に生まれた江副浩正(えぞえひろまさ)氏は、一家の転勤で大阪の借家に移り住み、お坊ちゃん中学高校として知られる甲南中学・高校に通います。当時、甲南に通う生徒といえば、高級住宅地の芦屋、御影に邸宅を構える資産家の子弟か、中流以上の家庭の子弟が大半で、数学教師の息子にすぎない江副氏のような生徒は極めて少なく、また特段勉強でもスポーツでも飛び抜けたところも表さず、印象の薄い生徒だったとのことです。

▼しかしながら、本人には期するものがあったのでしょう。東大受験を有利に進めるため、わざわざ英語より受験生が少なく、問題も易しかった(あくまで本人として)ドイツ語を選択するなど、異例な対応を見せ、東京大学教育学部に合格し上京します。

▼大学在学中に財団法人東京大学新聞社で企業向けの営業を覚えた江副氏は、リクルートの前身である株式会社大学広告を設立します。大学新卒者向けの「企業への招待」(リクルートブックの前身)を発行し、求人広告という業界の地位を大きく向上させます。その一方で、これまでの日本の「情報」を独占してきた既得権益層に蛇蝎のように嫌われることになります。

▼「リクルートブック」は有為な大学生を教授とのコネクションで集めてきた既存大企業の利権を文字通り破壊しました。さらに発行された「住宅情報」は、既存大手新聞社の不動産広告を根こそぎ奪う結果となりました。その結果、既存のエスタブリッシュ層からみれば、業界の秩序を乱した反乱分子であり、その怒りがリクルート事件で爆発した結果、稀代の起業家は袋叩きにあい、歴史の表舞台からひっそりと消えていきました。

▼30年先を行っていたと言われた江副氏の頭の中には、リクルートこそ情報産業の草分けと認識し、コンピューターや通信に巨額の投資を行う大胆な構想がありました。まだNTTはなく、電電公社という国営企業があった時代に、すでに、クラウドサービスのようなネットワーク型の事業構想があったとは驚きです。

▼令和の今、リクルートは米国の求人検索大手「インディード」を買収し、連結売上高2兆3,000億円のうちの1兆円以上を海外で稼ぎ出す日本発の国際企業に成長しました。若くしてリクルートに学び、そして若いうちに卒業していく若手は、日本や世界のベンチャー界隈で大いに爪痕を残し、また活躍しているのも目立ちます。

▼この元祖「ヤバい」日本人であった江副氏が残した社訓こそ、あの有名な「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」(リクルート社訓 1968年-1989年)です。当社もベンチャー企業の端くれとして、江副氏のスピリットに学びたいと思います。

リクルート本社
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