日本の政権運営はいつの時代もぐだぐだであるという説

素数時計

政権のグダグダ感

筆者@政治ウォッチャーです。実は最近まで東日本大震災は人災でそれは2009年308議席獲得して華々しく誕生した民主党の政権運営のまずさだと思っていました。

しかし、2012年に安倍自民党に政権が戻り、そして事務所費用問題で逃げ切れなくなって政権を降り、現在の菅総理になってコロナ対応にバタついている現在の自民党政権を見ていると、どっちもどっちだという理解をするに至りました。

今回のオリンピック、および新型コロナウイルスの政府の対応を見て、筆者個人が歴史学徒としてわかったのは、不正直・隠蔽体質・非科学的態度・過度な楽観視・説明責任のなさ、戦略的思考の欠如・利権体質・過度な選民思想、短期志向・無責任などの、日本の歴史の政権たちによく見られる傾向があったことです。

加えて、意思決定メカニズムの欠如、技術力、IT力のなさ、ロジスティック思考の欠落、全体主義的な教育システム、ジェンダーロールが固定化した行き詰まった感じのする社会、経済オンチ、マーケット思考のなさなど、過去の歴史に比して良いといったところがほぼ見いだせませんでした。

なお、良いところはない、というのは、別段最悪であるといっているわけではなくて、これまでの日本史に見られるような、通常運転並みであったということですので、ここは強調しております。

政府に比して図体は小さいけれども十分に大きな組織、例えば日本の伝統的な大企業である東芝や三菱電機などについても全く同じことだと考えています。上の2社は単にバレただけ、ということです。

常に、過小評価、楽観視、無謀な計画、勢いだけの中身のない言葉(環境大臣など)、非科学的態度が目立ちました。これは、首相にいる菅義偉氏個人のせいではまったくなくて、2012年に政権を取り返してから生まれ変わったはずの自民党政権も、いつしか安倍政権時代が長く続いて、次第に劣化した、もとい、元に戻っただけなのだろうと思います。だいたい、インフレ策に失敗した日銀総裁が足掛け10年居座っている国って、さすが日本のお家芸、もはや芸風なのだと思わざるを得ません。

菅総理(かん2009)と菅総理(すが2020)

断言してしまうと、菅(すが)政権のときに東日本大震災が起きていたら、ほぼ民主党政権と変わらない体たらくであったと思います。要するに、東日本大震災とコロナを仕切っていたのは偶然にも菅政権で、読み方が違っただけ(「かん」か「すが」かだけであった)ということが露呈したのかもしれないのです。菅総理(2020)が誕生したときから、うっすらと菅総理(2009)と同じような感じになるかも、と思っていたのがものすごく悪い意味で当たって相似形を見るようです。

要するに政党政治や政治家個人の資質の問題ではなく、私達の、歴史に裏打ちされたリーダーシップのありかたや政治のありかた全体に課題があるのでしょう。それでもなんとか国の体裁を整えてやりきってしまうところが、古来から続く日本の強さというか、したたかさというか、しなやかさというか、庶民階級になればなるほど、人格が練れていて、安定した人格者であるというよくわからない連綿と続く伝統があるような気がしてなりません。

ですので、今の政党の中でどこの政党がよいのかという話ではなく、ほぼ全員やめてもらって、取り替えるようなことをしなければいけないかもしれない、ということで、次の2021年10月21日までに必ず行われる衆議院議員選挙は、殊のほか面白いものになるだろうと一人面白がっているところであります。

とりあえず、問題多き制度ではありますが、それに変わる制度を持たない立憲民主国家の人間として、選挙には行ったほうが良いと思います。

おわり