人に教える前に自分で稼ごう

学習商材を手に入れた

方眼ノートの使い方、という学習商材を手に入れました。定価は消費税込みで1,100円だそうですが、フリーマーケットアプリのメルカリを利用して、送料税込みで400円で手に入れることができました。最近のフリマアプリの隆盛は凄いですね。ますますリアルな書店が苦しくなり、書店は蔦屋書店のように、もはやカフェや小物ショップ、ビデオコーナーが併設されている書店ではなくて、カフェと小物ショップの合間に本が並んでいるだけ、というショップになりつつあるようです。

さて、この、ノートの使い方という本ですが、ざっと読んで東大にもマッキンゼーにも行ったことがないけど1万枚プレゼン資料を作りまくって何かを悟った著者が、この教育メソッドをマネタイズするために始めた個人教育事業だと理解しました。

そして、顧客ターゲットは、同じく、東大でもマッキンゼーでもない人達、それも女性が多いと想像しました。

なぜ、顧客に女性が多いのかというと、やっぱりノートというものをきれいに取りたい、論理的思考が苦手!、整理好きで小物好きの女性ターゲットにバッチリハマるのではないかと思ったこと、また、子育てなどを一段落して、そしてビジネスの世界にもう一度挑戦してみたい的ないいお年頃のシニア女子に受けそうなセリフに満ちているように感じたからです。

実際、思考の整理方法は千差万別であり、例えば稀代の天才などを割と間近で見た筆者などからすれば、そんな天才たちがこのような整然としたノートの使い方をしているのなど見たことがありません。字も汚いし、再現性もありません。それでも、こうした天才たちは常に思考し行動し、そして何らかの「具体的成果」を上げるのです。そして、そのやり方は「伝授」できません。マニュアル化もできません。マニュアル化はできませんが、その生き様そのものを手本(というか一つの参考)として弟子に背中で教えます。厳密には教えてなんかいなくて、勝手にやりたいことをやるときに、大勢で向かったほうが思考が深まるし影響力も増すから郷党を組むだけです。

幕末の、吉田松陰先生が建てた松下村塾も、別に吉田松陰が「教える」ために開学したものではありません。松陰先生は、自らも学びたいため「共に学ぼう」とそのへんのガキ大将どもを招き入れて、問答をした、そこには封建秩序も何もなく、ただ純粋に学ぼうという欲望があって、そしてその欲望にもっとも忠実で、はっきり言って生命を危険に晒すことばっかりやった挙げ句に、稀代の天才と理解されながらも安政の大獄に連座して死罪を賜ります。

安政の大獄に連座し、江戸に檻送されて伝馬町牢屋敷に投獄されたた松蔭に対し、評定所で幕府が問いただしたのは、別の被疑者が山口の萩に滞在した際の会話内容などの確認に過ぎなかったのですが、なんと松陰先生は、老中暗殺計画を自ら進んで告白してしまい、それを冗談として不問に付してはどうかという幕府側の温情もよそに、「全くもって事実でございます」と述べてその結果死罪。

殺す方も殺される方も、ぶっ飛び過ぎています。狂った罪人の戯言として放置するという手は、松蔭先生の名声を考えると取れる手段ではなく、幕府も引けずに死罪にしてしまう、そこから一気に幕末の動乱、明治維新につながっていくのです。

こういった、どうしようも救えない、でも魅力やまない天才たちを、歴史のそこかしこで輩出してしまう日本という国、現代に生きる我々も、そのようなご先祖様の正しい子孫であるということは覚えておいたほうが良いかもしれません。

さて、脱線が過ぎましたが、男性教育事業家に女性の受講生(顧客)が集まるということの反対に、逆は例えば、大手大学予備校などで、美人でちょっと頭の良さそうな経歴の女性教育家的な講師が、予備校講師で広告等になってオタク男子浪人生を養分にするという事業スタイルもあります。

ちょっと昔の東進ハイスクールのマドンナ古文とか。

やっぱり人に教える前に自分で学ぶ姿勢を見せないと説得力が出ない


しかしながら、「人に教える」ためには自分自身がより大きなフィールドに踏み出さねばならず、しょせん振り返って教えているだけではそれ以上人は付いてきません。

なので、経営コンサルタントを志向するなら、かの伝説の経営コンサルタントである一倉定先生のように、本当に1万社の社長の経営指導をやって、社長らを叱り飛ばして業績を回復させるとか売上を倍増させるとか、新商品・サービスを立ち上げて軌道に乗せるいった前向きの活動が必要になると思います。

それか「自分が」事業をやって成功させるか、どちらかです。

マッキンゼーやボストン・コンサルティング、ATカーニー、などといっても、所詮他人(大企業)にアドバイスする、第三者的な意見を言ってもらうだけの整理屋に過ぎず、事業を進める人ではありません。これは、東大卒ATカーニー、今は某国際半導体メーカーの経営やっている筆者の友人も場末の餃子屋で食べながら言っていたことです。


これをお読みの皆さんも、こうしたハウツー本のやり方は1人の著者のノウハウと思考の流れを覗くための、ツールとして大いに参考にしつつも、自分が何の商品・サービスを提供する事業者になるべきかを考えないと、いつまでたっても受講者側の、顧客側の、有り体に申し上げればこうした事業者、社会の養分にとどまってしまうのではないかと思いましてこれを書きました。

当社がコンサルタントとして指導さしあげている会社様や事業者様には、耳の痛い話ですがいつもこのようなことを申し上げています。もちろん、当社自体も自ら事業者として、社会の荒波に揉まれて頑張っていきたいと思います。たとえ成功せずとも、その挑み続ける姿勢が大切なのだと信じています。

ゴタクを並べる前に稼げ。稼いでから社会問題の解決とかSDGSとか言え、補助金にすがるな。

以上が当社の経営方針です。