刑事訴訟法第2問

問題

 警察官甲は、飲酒運転による交通事故が多発する地点で、飲酒運転等の交通違反取締りを目的として、飲酒運転が多発する金曜日の夜に、3、4時間程度、同所を通過する車両全てに停止を求める検問を実施した。
 甲が検問している路上をAが運転し、助手席にBが同乗している自動車が走行してきたため、赤色灯を回してこれを停止させ、Aに対して、運転免許証の提示を求めた。これに対し、Aは、青白い顔で、うつろな目をした状態といった、覚せい剤常習者特有の特徴をしている上に、意味不明な返答をしたため、甲は、Aが覚せい剤を使用しているのではないかとの疑いを抱いた。そこで、甲がAにエンジンを止めるよう求めたところ、Aはこれに応じた。ところが、同乗者のBが、車を発進させるため、エンジンキーに手をかけたため、甲は、Bの手をつかんだ上、エンジンキーを抜いて取り上げた。
 その後、Aが応じたため、甲は、Aを最寄りの交番に連れて行き、交番で質問を開始した。甲は、Aの胸ポケットに水溶性のメモ用紙が入っているのを認めたため、これを見せるよう求めたところ、Aはとっさにこれを右手でつかみ、机上に置かれていた水の入ったコップの中に入れようとした。そのため、甲は、Aの右手首を自分の右手でつかんで、コップの上からどかして制止した。
 以上の甲の行為は、適法か。

解答 2022年7月4日(月)

第1 甲が行った自動車検問
1 本件自動車検問は、外形的異常が認められない車両に対しても検問を実施するものであって、いわゆる無差別一斉検問に当たる。これに関しては直接の明文規定がなく、その許容性が問題となる。
2 自動車の運転者は、公道において自動車を利用することを許されていることに伴う当然の負担として、合理的に必要な限度で行われる交通の取締りに協力する義務があり、警察の職務としても交通取締りが挙げられている(警察法2条1項)。よって、かかる職務の実現のため、交通取締りを目的とした一斉検問は許されると解する。もっとも、無差別の一斉交通検問は、自動車の運転者の便益を制約するためその態様が問題となる。この点、任意捜査における警察比例の原則(197条1項本文)の趣旨から、無差別の一斉交通検問は、交通取締りの目的のため、①交通違反や交通事故の多発する地域等の適当な場所において、②運転者にごく短時間の停止を求めて、必要な事項についての質問にとどめること、③運転手等相手方の任意の協力を求める形で行われ、かつ④自動車の利用者の自由を不当に制限しない方法や態様で行われる限りにおいて、適法であると解する。
3 甲は、①飲酒運転による交通事故の多発する地点で、金曜日の夜という飲酒運転の多くなりがちな時間帯に本件自動車検問を行っており、また、②③④の要件も満たしていると判断されることから、本件自動車検問は適法である。
第2 Bの手をつかんだ上、エンジンキーを抜いて取り上げた行為
1 次に、甲は、Aが覚せい剤常習者といった薬物中毒者であるとの合理的疑いを抱き、Aに対して質問を開始しようとしている。Aは、青白い顔で、うつろな目をした状態といった、およそ覚せい剤常習者特有の特徴を有し、意味不明な返答をしていることから、覚せい剤自己所有罪という犯罪を犯したと疑うに足る相当な理由(警察官職務執行法2条1項)があるので、職務質問を行う要件を満たす。
2 もっとも、甲は、Aの職務質問を行うために、車を急発進させようとした同乗者Bの手をつかんだ上、エンジンキーを抜き取っている。この点、職務質問のために、停止させる際に第三者に対して有形力を行使することが許されるか問題となる。職務質問は、あくまでその性質は行政警察活動の一環であるが、捜査の端緒として重要な活動である。職務質問により、犯罪の嫌疑が具体化し、任意捜査へ発展することも多い。よって、任意捜査と同様の規律を職務質問にも適用し、強制捜査手続きによらなければ許されないような強制的手段は許されないものの、それに至らない程度の有形力の行使を用いた職務質問及び任意捜査は許されると解する。具体的には、職務質問及びこれを行うための停止行為の必要性、緊急性、これによって害される個人の利益と得られる犯罪覚知の公共の利益との権衡等を総合的に考慮し、具体的状況の下で相当と認められる限度で許容される。
3 本件Bの手をつかんだ上、エンジンキーを抜いて取り上げた行為は、確かに有形力の行使であり、事実上強制的に現場に滞留することを求めるものであり、また車内という私的領域への侵害を伴うものでもあって、B及びAへのプライバシーの侵害も認められるかもしれない。しかしながら、本件行為は、Bが逃亡のために車を急発進させようとしたことに対応してなされた緊急的な措置であり、ごく軽微な有形力の行使に過ぎない。Bの意思を制圧するようなものではなく、強制捜査手続きによらなければ許されないような強制手段には当たらない。そして、覚せい剤自己使用罪は重大犯罪といえ、Aにはその犯罪の高い嫌疑が認められる。加えて薬物中毒者が自動車を運転するという危険性も合わせて考えれば、交通の危険の発生を防止するという観点からも、Aをその場にとどめて職務質問を行う必要性及び緊急性は極めて高い。加えて、Bがまさにエンジンをかけて急発進しようとしている緊迫した状況では、Aに対して質問を継続するためには、エンジンキーを取り上げて車を急発進させないようにする阻止する方法がもっとも適当であることは明らかである。よって、職務質問の必要性及び緊急性に鑑み、かかる具体的状況の下では、未だ相当と認められる範囲を超える違法なものではないと評価すべきである。
4 従って、甲の上記行為は適法である。
第3 Aの右手首を自分の右手でつかんで、コップの上からどかして静止した行為
1 本件行為は、Aの胸ポケットに入っていた水溶性のメモ用紙の開披を要求する過程で行われたものであり、所持品検査に当たる。所持品検査は、口頭による職務質問と密接に関連し、職務質問の効果を上げるために必要かつ有効な行為であるから、職務質問に付随する行為として認められる(警察官職務執行法2条1項)。
2 もっとも、所持品検査の際、甲はAの手首をつかんで制止している。かような所持品検査に伴う有形力の行使は認められるか問題となる。この点、所持品検査が職務質問に付随する捜査機関の処分である以上、有形力の行使は原則許されないが、常に許されないとすると犯罪の予防、早期発見という職務質問の目的を達成できない。そこで、捜索に至らない程度の行為で、強制にわたらないこと、有形力行使の必要性、緊急性等を考慮して、具体的事情の下で相当と認められることを条件として、限定的に許容されると解する。
3 この点、甲の行為は、既にメモが発見されている状況の中、Aの手をつかんで証拠隠滅の危険を防いだというものに過ぎず、捜索に至らない程度であり、強制にわたるものではない。そして、Aの外見や挙動から、既に覚せい剤所持及び使用の疑いが強く認められ、証拠の保全のための制止行為、証拠保全行為の必要性が強く認められる。水溶性メモ用紙を水に浸すことで、容易に中の粉物やメモ書き内容といった犯罪証拠を隠滅されるおそれも強く、Aの行動を制止する緊急の必要性も認められる。加えて、Aの手首をつかむ行為は、Aの行動の自由を強く制約するものではなく、かかる必要性や緊急性を考慮すれば、具体的事情の下で相当と認めることができる。
4 以上より、甲の行為は、適法である。
以上(2,528文字)

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