憲法第4問

問題

受刑者Aは、刑務所内の処遇改善を訴えたいと考え、その旨の文書を作成して新聞社に投書しようとした。刑務所長は、Aの投書が新聞に掲載されることは刑務所内の秩序維持の上で不相当であると判断して、旧監獄法第46条第2項に基づき、文書の発信を不許可とした。
Aは、刑務所長による上記措置により精神的苦痛を被ったとして国家賠償請求訴訟を提起した。以上の事実を前提として、以下の設問に答えよ。
[設問1]
あなたがAの訴訟代理人となった場合において、いかなる憲法上の主張を行うべきかについて論じなさい。なお、国家賠償法上の問題点については論じる必要がない。
[設問2]
設問1における憲法上の主張に関するあなた自身の見解を、国の反論を想定しつつ、論じなさい。
【参照条文】旧監獄法第46条第2項 監置ニ処セラレタル者ニハ其親族ニ非サル者ト信書ノ発受ヲ為サシムルコトヲ得ス ロ 特ニ必要アリト認ムル場合ハ此限ニ在ラス
【改題前の問題] 受刑者Aは、刑務所内の処遇改善を訴えたいと考え、その旨の文書を作成して新聞社に投書しようとした。刑務所長は、Aの投書が新聞に掲載されることは刑務所内の秩序維持の上で不相当であると判断して、監獄法第46条第2項に基づき、文書の発信を不許可とした。右の事案に含まれる憲法上の問題点について論ぜよ。
(旧司法試験 平成11年度 第1問改題)

憲法第4問解答 2022年7月15日(金)

第1 設問1 Aの主張
1 まず、受刑者Aが刑務所内の処遇改善を訴えるため、その旨の文書を作成して新聞社に投書する行為(本件行為)を不許可とする処分(本件不許可処分)は、本件文書の内容を点検し、その発信を禁止した憲法上絶対的に禁止される検閲(21条2項)に該当し違憲である。
2 また、本件行為は、広く国民一般に自己の意見や思想を伝達する表現行為であるところ、本件不許可処分が、この制約となることは明らかであり、表現の自由(21条1項)に反する。本件行為は、個人の思想及び人格の形成発展と民主主義社会における思想及び情報の自由な伝達、交流のために必要かつ欠くことのできないものである。特に、新聞に投書を行うことは、新聞の媒体としての価値に鑑みれば、広く国民一般に自己の意見・思想を伝達するための手段として、極めて有効なものである。また、本件不許可処分は、刑務所内の処遇改善という本件文書の内容に着目してなされた規制であり、かつ事前規制である。このような規制は、思想の自由市場をゆがめるおそれや濫用にわたるおそれ等があるから、原則として許されない。従って、旧監獄法46条2項(本件規定)により信書の発信を不許可とするためには、単に刑務所内の規律秩序維持及び受刑者の身柄確保、受刑者の改善、更生という拘禁の目的達成を阻害する蓋然性があるというだけでは足りず、明らかに差し迫った危険の発生が具体的に予見されることが必要である。そのような危険の発生が認められなければ本件規定にある「特二必要アリト認ムル場合」と解すべきである。この点、本問では、本件行為によって刑務所内の規律秩序維持や拘禁目的にどのような問題が生じるのか明らかではない。従って、上記危険の発生が具体的に予見されるとはいえず、表現の自由(21条1項)に反する。
3 以上より、本件不許可処分は、検閲の禁止(21条2項)及び表現の自由(21条1項)に反し違憲である。
第2 設問2
1 国の反論の想定
(1)まず、本件不許可処分は、その性質上検閲(21条2項)に該当しない。
(2)また、Aは既決の者であるから、一般市民としての自由と同様の表現の自由(21条1項)は保障されない。刑務所内の規律秩序維持や拘禁目的の達成に関する刑務所長の裁量は広く認められるというべきである。
2 私見
(1)検閲(21条2項)とは、行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を春査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指すと解する。この点、本件不許可処分は、思想内容等の表現物を対象とするものでなく、また、網羅的一般的に審査するものでもない。よって、本件不許可処分は、検閲(21条2項)に該当しない。
(2)ア 次に、本件行為が表現の自由(21条1項)として重要な価値を有し保障されるべきものであること、本件不許可処分がその重大な制約になることはAの主張の通りである。一方、刑務所内の規律秩序維持及び拘禁目的達成のために、かかる自由といえども一定の合理的制限を受ける場合がある。そこで、これらの自由に対する制限が必要かつ合理的なものとして是認されるかどうかは、上記目的のために制限が必要とされる程度と、制限される自由の内容及び性質、これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を比較衡量して決せられるべきであると解する。
   イ 本件不許可処分が表現内容規制かつ事前規制であること、これらの規制は原則として許されないことはAの主張の通りである。しかし、在監関係においては、刑務所内の規律秩序維持及び拘禁目的達成との関係において、必要最小限において、表現内容規制や事前規制がなされることはやむを得ない。その意味において、Aの主張には理由がない。一方で、かかる投書行為の重要性や、一般に投書行為が刑務所内の規律秩序維持及び拘禁目的達成と関係性が乏しいことにみれば、かかる自由は、既決の者であっても、上記のような制限を除き、一般市民と同様に保障されるべきである。従って、本作規定によって信書発信を不許可とするためには、刑務所内の規律秩序維持及び拘禁目的を阻害する一般的、抽象的なおそれが発生するだけでは足りず、相当の蓋然性があると認められる必要があると解する。また、そのようなおそれが発生すると認められる場合でも、制限は、必要かつ合理的な範囲に止めるべきである。この点について、国の反論の想定のように、判例には、上記相当の蓋然性の有無について刑務所長の裁量を認めたものもあるが、あくまでも当該事案限りの救済的な判断であって、これを安易に一般化することは認められないというべきである。
   ウ 本問では、確かに、Aの投書内容は、刑務所内の処遇を新聞社への投書を通じて明らかにするものであって、本件行為を安易に許せば、世論による刑務所行政に対する批判を招くおそれがありまた、刑務所内部に世論による批判が伝達されるおそれは否定できない。そして、そのような批判が刑務所内部に伝達されれば、刑務所内の秩序維持の観点から問題が生じ得る。しかし、Aが投書したからといって、その内容が新聞に掲載されるとは限らないし、そのような批判が刑務所内部に伝達されるとも限らないから、上記おそれは抽象的なものにすぎない。したがって、刑務所内の規律秩序維持及び拘禁目的を阻害する相当の蓋然性があるとはいえない。また、仮に上記相当の蓋然性が認められるとしても、Aの投書が掲載された場合は、刑務所内において当該新聞のAの投書に関する部分の閲読のみを禁止すればよく、Aの投書自体を禁止する必要はないから、必要かつ合理的な範囲の制限ということもできない。
   エ よって、本件不許可処分は、表現の自由(21条1項)に反する。
(3)以上より、本件不許可処分は、検閲(21条2項)に該当しない点合憲だが、表現の自由(21条1条)に反し違憲である。
以上
2,558文字

問題解答音声
解説音声

◁民事訴訟法第4問

▷行政法第4問

解答 アガルート

第1 問1について
1 受刑者Aが刑務所内の処遇改善を訴えるため、その旨の文書(以下 「本件文書」という。)を作成して新聞社に投書する行為(以下「本件行為」という。)は、広く国民一般に自己の意見・思想を伝達する表現行為であるから、表現の自由(21条1項) の保障が及ぶ。
 本件文書の発信を不許可とする処分(以下「本件不許可処分」という。)が、この表現の自由に対する制約となることは明らかである。
2 まず、本件不許可処分が本件文書の内容を点検し、その発信を禁止したことは、憲法上絶対的に禁止される「検閲」(21条2項)に該当するものであって、違憲である。
3 また、本件不許可処分は、以下の通り21条1項にも反する。
 本件行為は、個人の思想及び人格の形成・発展と民主主義社会における思想及び情報の自由な伝達、交流のために必要かつ欠くことのできないものである。特に、新聞に投書を行うことは、新聞の媒体としての価値に富みれば、広く国民一般に自己の意見・思想を伝達するための手段として、極めて有効なものである。また、本件不許可処分は、刑務所内 の処遇改善という本件文書の内容に着目してなされた規制であり、かつ事前規制である。このような規制は、思想の自由市場をゆがめるおそれや濫用にわたるおそれ等があるから、原則として許されない。
 したがって、旧監獄法46条2項(以下「本件規定」という。)により信書の発信を不許可とするためには、単に刑務所内の規律秩序維持及び受刑者の身柄確保、受刑者の改善、更生という拘禁の目的達成を阻害する蓋然性があるというだけでは足りず、明らかに差し迫った危険の発生が具体的に予見されることが必要である。そのような危険の発生が認 められなければ「特二必要アリト」認めるべきである。
 本問では、本件行為によって刑務所内の規律秩序維持や拘禁目的にどのような問題が生じるのか明らかではない。
 したがって、上記危険の発生が具体的に予見されるとはいえない。
 以上から、本件不許可処分は、21条1項に反し違憲である。
第2 問2について
1 反論
 本件不許可処分は、その性質上「検間」には該当しない。また、Aは既決の者であるから、一般市民としての自由と同様の自由は保障されない。刑務所内の規律秩序維持や拘禁目的の達成に関する刑務所長の裁量は広く認められるというべきである。
 (1)「検問」とは、行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を春査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指すところ、本件不許可処分は、思想内容等の表現物を対象とするものでなく、また、網羅的一般的に審査するものでもないから、「検問」には該当しない。
 したがって、本件不許可処分は、21条2項に反しない。
 (2) ア 次に、本件行為が表現の自由として保障されること、本件不許可処分が表現の自由に対する制約になること及び本件行為は表現の自由として重要な価値を有することはAの主張する通りである。
 一方、刑務所内の規律秩序維持及び拘禁目的達成のために、上記自由が一定の合理的制限を受けることがあることはやむを得ない。
 そこで、これらの自由に対する制限が必要かつ合理的なものとして是認されるかどうかは、上記目的のために制限が必要とされる程度と、制限される自由の内容及び性質、これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を比較衡量して決せられるべきである。
   イ 本件不許可処分が表現内容規制かつ事前規制であること、これらの規制は原則として許されないことはAの主張の通りである。
  しかしながら、在監関係においては、刑務所内の規律秩序維持及 び拘禁目的達成との関係において、必要最小限において、表現内容規制や事前規制がなされることはやむを得ない。その意味において、Aの主張には理由がない。一方で、上記のような投書行為の重要性や、一般に投書行為が刑 務所内の規律秩序維持及び拘禁目的達成と関係性が乏しいことにみれば、かかる自由は、既決の者であっても、上記のような制限を除き、一般市民としてのそれと同様に保されるべきである。
  したがって、本作規定によって信書発信を不許可とするために は、刑務所内の規律秩序維持及び拘禁目的を阻害する一般的、抽象的なおそれが発生するだけでは足りず、相当の蓋然性があると認められる必要があると解すべきである。また、そのようなおそれが発生すると認められる場合でも、制限は、必要かつ合理的な範囲に止めるべきである。この点について、国が反論するように、判例には、上記相当の蓋然性の有無について刑務所長の裁量を認めたものもあるが、あくまでも当該事案限りの救済的な判断であって、これ
を安易に一般化することは認められないというべきである。
   ウ 本問では、確かに、Aの投書内容は、刑務所内の処遇を新聞社への投書を通じて明らかにするものであって、本件行為を安易に許せば、世論による刑務所行政に対する批判を招くおそれがありまた、刑務所内部に世論による批判が伝達されるおそれは否定できない。そして、そのような批判が刑務所内部に伝達されれば、刑務所内の秩序維持の観点から問題が生じ得る。
 しかし、Aが投書したからといって、その内容が新聞に掲載されるとは限らないし、そのような批判が刑務所内部に伝達されるとも限らないから、上記おそれは抽象的なものにすぎない。したがって、刑務所内の規律秩序維持及び拘禁目的を阻害する相当の蓋然性があるとはいえない。
 また、仮に上記相当の蓋然性が認められるとしても、Aの投書が掲載された場合は、刑務所内において当該新聞のAの投書に関する部分の閲読のみを禁止すればよく、Aの投書自体を禁止する必要はないから、必要かつ合理的な範囲の制限ということもできない。
   エ よって、本件不許可処分は、21条1項に反し違憲である。
以上