行政法第7問

問題 2022年8月4日(木)

平成29年6月4日、A県B市内のS川において、ヨットクラブ(以下「本件クラブ」という。)の代表者Xが、無断で、約15メートル間隔で750メートルにわたりヨット係留用の鉄杭約50本(以下「本件鉄杭」という。)を打ち込んだ。その結果、S川の当該部分において船舶が航行可能な水路は水深の浅い左岸側だけになり、照明設備がないため特に夜間・干潮時に船舶にとって非常に危険な状態となった。なお、S川 は、河川法上の「河川」に当たる。
本件鉄杭が打ち込まれた時点以降、S川を船舶で航行する漁業者から多数の苦情がB市に寄せられた。そこで、B市は河川法上の河川管理者であるA県の知事Cに本件鉄杭の撤去を要請したところ、CはXに対して撤去を求め、Xは同年6月5日中には撤去する旨の返事をした。しかし、Xは同月5日を過ぎても撤去する様子を見せなかったため、B市はCに対して本件鉄杭の強制撤去を要請したが、Cは撤去に向けて対応を始めてはいるものの現時点では強制撤去は行わないとの判断を示した。
このような経緯の下、同月6日、船舶の安全を迅速に確保する必要があると考えたB市市長Yは、自ら不動産建設業者と撤去工事請負契約を締結し、6日中に本件鉄杭を撤去する旨の文書をXに交付した。そして、本件鉄杭は、B市職員及び不動産建設業者によって撤去された(以下「本件撤去行為」という。)。
そこで、本件クラブの代表者Xは、B市の本件撤去行為によりヨットの係留が不可能となり、それにより損害を被ったとして、B市に対して国家賠償法第1条に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。
(設問)Xの主張が認められるかについて、論じなさい。なお、解答に当たっては下記の【資料】を参照すること。
【資料】河川法(昭和39年7月10日法律第167号)(抜粋)(目的)第1条この法律は、河川について、洪水、津波、高潮等による災害の発生が防止され、河川が適正に利用され、流水の正常な機能が維持され、及び河川環境の整備と保全がされるようにこれを総合的に管理することにより、国土の保全と開発に寄与し、もつて公共の安全を保持し、かつ、公共の福祉を増進することを目的とする。(河川管理の原則等)第2条河川は、公共用物であつて、その保全、利用その他の管理は、前条の目的が達成されるように適正に行なわれなければならない。2(略)(工作物の新築等の許可)第26条河川区域内の土地において工作物を新築し、改築し、又は除却しようとする者は、国土交通省令で定めるところにより、河川管理者の許可を受けなければならない。(以下略)2~5(略)(河川管理者の監督処分)第75条河川管理者は、次の各号のいずれかに該当する者に対して、この法律若しくはこの法律に基づく政令若しくは都道府県の条例の規定によつて与えた許可、登録若しくは承認を取り消し、変更し、その効力を停止し、その条件を変更し、若しくは新たに条件を付し、又は工事その他の行為の中止、工作物の改築若しくは除却(括弧内略)、工事その他の行為若しくは工作物により生じた若しくは生ずべき損害を除去し、若しくは予防するために必要な施設の設置その他の措置をとること若しくは河川を原状に回復することを命ずることができる。
この法律若しくはこの法律に基づく政令若しくは都道府県の条例の規定若しくはこれらの規定に基づく処分に違反した者、その者の一般承継人若しくはその者から当該違反に係る工作物(括弧内略)若しくは土地を譲り受けた者又は当該違反した者から賃貸借その他により当該違反に係る工作物若しくは土地を使用する権利を取得した者
2~10
(略)

解答

1 本件撤去行為は、純粋な私的経済作用及び国家賠償法(以下「国賠法」という。)2条に規定する作用を除く作用に含まれ、「公権力の行使」(国賠法1条1項)に当たる。そして、B市市長Y及びB市職員の公務の一環として行われていることから、「公務員が、その職務を行うについて」されたものといえる。
2 では、本件撤去行為は「違法」なものといえるか。
(1)国賠法における「違法」とは、公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背することをいう。そして、法律の留保の原則の遵守は、公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に当たるため、これに違背する行為は「違法」といえる。
(2)では、本件撤去行為に法律の留保の原則の適用があるか問題となる。
ア 少なくとも、国民の権利を制限し、あるいは国民に義務を課すような侵害的行政活動については、法律の留保の原則により、法律の根拠が必要である。
イ 本件撤去行為は、ヨットの係留という本件鉄杭の使用方法を妨げるものであり、財産権の制約を伴うから侵害的行政活動に当たる。したがって、本件撤去行為に法律の留保の原則の適用があり、これを適法に行うためには、法律の根拠が必要である。
(3)そこで、本件撤去行為が法律に基づいて行われているか問題となる。
ア Xは「河川区域内の土地」であるS川において「工作物」である本件鉄杭を「許可」なく「新築」しているから、河川法26条1項に違反している。したがって、Xは「この法律・・・に違反した者」(同法75条1項1号)に当たり、「河川管理者」は同項に基づいてXに対して「工作物」の「除却」を命ずることができる。そして、このような命令によってXに生ずる義務は代替的作為義務であるから、本件撤去行為を行ったYが「河川管理者」に当たるのであれば、行政代執行法2条に基づいて本件撤去行為が適法に行われたと評価する余地がないわけではない。しかし、本問において「河川管理者」はA県知事のCであってYではないから、Yには上記命令を発する権限がなく、本件撤去行為は行政代執行法に基づいて行われたと評価することはできない。
イ よって、本件撤去行為は法律に基づいて行われたものとはいえない。
(4)そうだとしても、行政が公益や行政目的実現のために、法律の根拠がないにもかかわらず緊急の対応として行政活動を行うことが、法律の留保の原則の例外として許容されないか。
ア 行政庁は、緊急の必要がある場合には、まず法の定めるところに従って実力行使を行うことが当然であり、公益目的実現のためとはいえ、法定の範囲を超えて実力行使を行うことがそう簡単に認められてよいものではない。もっとも、現実には、法の予想しない異例な事態で緊急の対応がどうしても必要とされることも起こり得るから、民法720条の類推適用の余地がまったくないとまではいえない。そこで、きわめて例外的な場合には、民法720条の法意に照らし、違法性が阻却され法律の留保の原則の例外として緊急避難措置が許容されると考える。具体的には、当該工作物の不法設置により漁業者その他の関係者の権利が侵害される危険が差し迫っているため、あるいは、当該工作物から生ずる危難が差し迫っているため、ある機関による救済措置をまっている余裕がないことを要するものと解する。
イ これを本件についてみると、たしかに本件鉄杭が打ち込まれたことによって、特に夜間・干潮時に船舶にとって非常に危険な状態となっている。しかし、人身事故が不可避であるとか、河川の機能が全面的にストップするといった緊迫した状況ではない。したがって、当該工作物の不法設置により漁業者その他の関係者の権利が侵害される危険が差し迫っているとまではいえない。また、本件鉄杭について上記除却命令権限を有するA県知事とはXに対してこれを撤去するように要請し、撤去に向けて対応を始めていた。そうだとすれば、航行する船舶に対し広報活動を通じて注意を促したり、あるいは臨時的な照明装置を設置するなどの暫定的な事故防止措置を講じるなどして、Cによる上記権行使による解決を待つ余裕がなかったとはいえない。したがって、当該工作物から生ずる危難が差し迫っているため、権限ある機関による救済措置をまっている余裕がないともいえない。これらの事情からすれば、上記はきわめて例外的な場合であったとはいえず、民法720条の法意に照らし違法性が阻却されることはない。したがって、本件撤去行為は、「違法」である。
3 上記のような事情に鑑みれば、本件撤去行為を行うについてB市市長Yには注意義務違反が認められるから、「過失」が認められる。また、本件撤去行為によって本件ヨットクラブ及びXの財産権が害されているから、損害の発生も認められる。
4 以上より、XのB市に対する国賠法1条に基づく損害賠償請求は認められる。
以上

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