行政法第10問

2022年8月25日(木)

問題解説

解説音声

問題

Aは、昭和41年ころから、Y県で個室付浴場を開設するため、立地条件や法的規制の有無等を調査検討していた。そして、Aは、調査の結果、昭和43年3月、Y県B町の土地(以下「本件土地」という。)を購入しようと考え、本件土地が風俗営業等取締法(昭和43年当時。以下「風営法」という。)及びそれに基づくB町条例による個室付浴場業の指定営業禁止区域に該当しないこと、並びに本件土地の周囲200メートルの区域内に児童福祉法上の児童福祉施設等の存しないことを、B町やY県の担当者に確認した上で、購入した。
同年4月、AはB町長を訪ね、個室付浴場業を開業する予定であることを伝えたところ、B町長は町の発展のために好ましいと賛意を表した。そのため、Aは安心し、同年5月、Y県土木部建築課に対し個室付浴場用建物の建築確認申請を行うとともに、Y県知事に個室付浴場営業のための公衆浴場営業の許可申請をした。建築確認は同月下旬に得られたため、Aは個室付浴場の建物建築に着手した。
ところが、Aによる個室付浴場の営業が計画されていることを知った周辺住民等の中から個室付浴場開設反対を訴える声があがり、反対運動は日に日に激しさを増していった。これを受けて、B町長は、町としても個室付浴場の開設を阻止すべく方針転換を行い、Y県もこれに同調した。
B町及び¥県は、当初、風営法第4条の4第2項に基づき県条例を改正して禁止区域を設定することを考えたが、県議会招集時期の関係上、早急に禁止区域を設定することは困難であることが判明した。
そこで、風営法第4条の4第1項が児童福祉法上の児童福祉施設の周囲200メートル以内での個室付浴場の営業を禁じていることに着目し(ただし、公衆浴場営業の許可・営業が、児童福祉施設の設置に先行している場合は、個室付浴場の営業は許される。同条第3項参照)、開業予定地から約135メートルの地点にある未認可のW児童遊園を児童福祉法上の児童福祉施設として認可することにより、Aの営業を阻止しようと考えた。Y県はB町に対し、W児童遊園施設(児童福祉法第7条が定める児童厚生施設に該当する。)の設置認可申請を行うよう積極的に働きかけ、B町は同年6月初めに申請を行ったところ、Y県知事は異例の速さでこれを認可した(以下「本件設置認可」という。)。なお、本件設置認可それ自体について、児童福祉法上の定める要件は満たされていたが、直ちにW児童遊園施設を設置する必要性があるとはいえない状況であった。
一方、Aは会社名義で個室付浴場を営業するためにX社を設立し、同年6月初めに改めてX社名義でY県知事に対して公衆浴場営業の許可申請を行った(なお、当時の公衆浴場法における公衆浴場営業の許可は、「温湯、湖湯又は温泉その他を使用して、公衆を入浴させる施設」であれば、構造設備が公衆衛生上不適当でないことなどの一定の要件さえ満たせば、それが風営法による規制の対象となり、営業を許されないことが明白な場合であっても、許可しなければならないものであった。)。しかし、同年6月末に個室付浴場の建物が完成しても一向に許可はなされなかった。その間、Y県の担当者は、Aに対して、児童福祉施設の周辺では個室付浴場は営業できないので、「個室付浴場営業はしない」旨の念書を提出すれば公衆浴場営業許可を与えるとの指導を継続した (以下「本件営業許可」という。)。
そのため、Aはやむを得ず、念書を提出し、同年7月末になってようやく許可が出された。
しかし、その後、X社が個室付浴場業の営業を始めたため、昭和44年2月、Y県公安委員会は、風営法第4条の4第4項に基づき、X社に対し、児童福祉施設から200メートルの区域内において個室付浴場営業を行うことを禁止した同法第4条の4第1項に違反するとして、60日間の営業停止処分を行った(以下「本件営業停止処分」という。)。更に、X社は当該違法行為について起訴された。
【設問1】X社は,本件営業停止処分の期間が経過した後、本件設置認可及びこれを前提としてされた本件営業停止処分によって損害を被ったとして、国家賠償請求訴訟を提起した。X社は、当該訴訟の中で本件設置認可につき、いかなる違法事由を主張することができるか。
【設問2】X社は、刑事裁判の中で、【設問1】で検討した本件設置認可の違法を理由として無罪を主張することができるか。
○風俗営業等取締法(昭和23年7月10日法律第122号)(昭和43年当時のもの。)(抜粋) (個室付浴場業の規制) 第4条の4浴場業(中略)の施設として個室を設け、当該個室において異性の客に接 触する役務を提供する営業(以下「個室付浴場業」という。)は、(中略)児童福祉施設(児童福祉法(中略)第7条に規定するものをいう。)(中略)の周囲200 メートルの区域内においては,これを営むことができない。 2 前項に定めるもののほか、都道府県は、善良の風俗を害する行為を防止するため必 要があるときは、条例により,地域を定めて,個室付浴場業を営むことを禁止するこ とができる。 3第1項の規定(中略)は,これらの規定の(中略)適用の際現に公衆浴場法第2条 第1項の許可を受けて個室付浴場業を営んでいる者の当該浴場業に係る営業について は、適用しない。 4 公安委員会は,個室付浴場業を営む者又はその代理人,使用人その他の従業者が、 当該営業に関し、次の各号の一に該当する場合においては、当該営業を営む者に対 し、当該施設を用いて営む浴場業について、8月をこえない範囲内で期間を定めて営 業の停止を命ずることができる。
この法律に規定する罪(中略)を犯したとき。
(罰則)第10条第7項(略)2(前略)第4条の4第1項の規定に違反し(中略)た者は,これを6箇月以下の懲役若しくは1万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。 3・4 (略) 第8条 法人の代表者(中略)が,法人(中略)の営業に関し、前条の違反行為をしたときは、行為者を罰する外、その法人(中略)に対し、同条の罰金刑を科する。
○ 児童福祉法(昭和22年12月12日法律第164号)(昭和43年当時のもの)
(抜粋) 第7条 この法律で、児童福祉施設とは、助産施設、乳児院、母子寮、保育所、児童厚生施設(中略)とする。 第35条 102 (略) 3市町村その他の者は、(中略)都道府県知事の認可を得て、児童福祉施設を設置することができる。 4 (以下略) 第40条 児童厚生施設は,児童遊園,児童館等児童に健全な遊びを与えて、その健康を増進し、又は情操をゆたかにすることを目的とする施設とする。

解答

第1 問1について
1 X社は、本件設置認可は、Y県の行政権の著しい着用によるものであり、違法であると主張する。
2 本件設置認可は、児童福祉法上の定める要件を満たしていたものであり、客観的にみて、適法に成立したものであることは否定し難い。
しかしながら、条理や信義則(禁反言)等の法の一般原則違反から、行政処分それ自体が根拠法令の定める要件を満たしているとしても、行政権の濫用に当たる場合には、当該行政処分は違法になるとみるべきである。その際には、当該行政処分を単独で評価するのではなく、その処分がなされるに至った行政過程全体として評価する必要がある。
具体的には、当該処分がなされるに至った行政過程全体を評価して、根拠法令の趣旨・目的とは異なる違法・不当な目的や動機に基づいて裁最処分がなされた場合には、当該行政処分は行政権の濫用に当たり、違法となる。
3 本問において検討するに、児童遊園設置認可処分は、児童福祉実現の目的に照らし、ある程度専門的判断が必要なものであるから、処分をするに当たっては、都道府県知事に一定の裁量が認められるが、その際に考慮できることは、児童福祉法における児童遊開設置の趣旨・目的は、あくまで児童に健全な遊びを与えて、その健康を増進し、又は情操 をゆたかにすることである(児童福祉法40条参照)。
これに対して、本問では、児童遊園の設置の必要性・緊急性がないにもかかわらず、B町が、児童遊園設置認可の申請をし、Y県が異例の速さでこれを認可していること、B町の申請は、条例の改正(風営法4条の4第2項)では対処できないことを背景として、Y県自身がB町に対して働きかけてなされたものであること、公衆浴場営業の許可が一向になされず、その間Y県の担当者が「個室付浴場営業はしない」旨の念書を提出すれば公衆浴場営業許可を与えるとの指導を継続していることを踏まえると、本件設置認可は、X社による個室付浴場業の開業を阻止する目的であることが明らかである。
周辺住民等から個室付浴場開設に反対する声があったことも踏まえると、このような目的が行政目的として一般に不当なものとまでは言い難 いが、本件設置認可に当たって考慮することができないという意味では違法・不当な目的である。 したがって、Y県が本件設置認可を行うに際して、本来の児童福祉という趣旨・目的とは異なる。X社の個室付浴場開設妨害という違法・不当な目的動機に基づき、裁量を行使して認可処分を行ったと評価される。
4 以上より、Y県の本件設置認可は、行政権の著しい濫用によるものであり、違法である。
第2 問2について
1 X社は、約135メートルしか離れていない地点にW児童遊園が設置されているにもかかわらず、個室付浴場を営業したことを理由に刑事責任を問われて起訴されている(風営法4条の4第1項、7条2項、8条)。X社は、本件設置認可処分は違法であり、W児童遊園の存在はX社の個室付公衆浴場営業を規制する効力を有しない。そのため、W児童遊園から約135メートルの地点に存在するX社の個室付浴場が風営法4条の4第1項に反するとはいえず、無罪であると主張するだろう。
2(1)設問1で検討したように、本件設置認可は、X社の個室付浴場の営業の規制を主たる動機、目的とするものであり、行政権の濫用に相当する違法性がある。もっとも、行政行為には公定力が発生するため、 あらかじめ取消訴訟行政事件訴訟法3条2項等の抗告訴訟で本件設置認可の効力を否定しておかなければ、刑事訴訟においても、この違法性を主張することができないとも思われる。
(2)しかしながら、公定力は、行政事件訴訟法が特に取消訴訟という訴訟類型を設けている以上、専らこの手続を利用することを想定しているとみるべきであるという、取消訴訟の排他的管轄から導かれるものである。ゆえに、公定力は、民事法関係における仮の効力ないしみかけ上の効力の話であるにとどまるとみるべきである。
そうすると、犯罪の成否は、公定力とは無関係に、あくまで当該構成要件の刑法的解釈によって判断するべきであり、ここに公定力という概念を持ち込むことは妥当でない。このように考えなければ、被告人は罪を犯したから処罰されるのではなく、取消訴訟において行政行為の違法・無効を立証できなかったことにより処罰されることとなり、罪刑法定主義にも抵触しかねない(憲法31条)。したがって、刑事裁判には公定力の概念を持ち込むべきではなく、 行政行為が行政法的な意味で違法・無効か否かを判断する必要はないので、あらかじめ取消訴訟で本件設置認可の違法性を確定しておく必要がある。
3 以上より、X社は、本件設置認可処分の違法性を刑事裁判の中で主張することができるので、上記のとおり、無罪であると主張することができる。
以上

手書き解答

問題解答音読