刑法第11問

2022年9月2日(金)

問題解説

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問題

甲がA宅の前を歩いていたところ、A宅の庭先で鎖につながれている犬を発見した。 Aの犬は、A宅の前を人が通ると興奮して暴れる傾向にあるところ、甲に向かっても同じような態度を示し、甲に向かって吠え始めた。興奮したAの犬は、鎖がつながってい る首輪を噛みちぎり、甲に向かっていき、甲の右足に噛みつこうとしたため、甲は、Aの犬の腹部を思い切り蹴りつけ、これによって、Aの犬は、死亡した。
この事例における甲の罪責について、Aに、Aの犬をつないでいた鎖及び首輪の管理に過失がある場合とない場合に分けて検討しなさい。なお、Aの犬は大型で力も強く、甲には上記行為に及ぶ以外に犬の攻撃を回避する手段がなかったものとする。

解答

第1 Aに過失がない場合
1 甲がAの犬の腹部を思い切り蹴りつけ、これによってAの犬を死亡 させた行為は、「他人の物を……傷害し」たものとして、器物損壊罪(動物傷害罪、261条)の構成要件に該当する。
2(1) 一方、甲はAの犬が甲の足にみつこうとしたためにかかる行為に及んでいるから、正当防衛(36条1条)の成立可能性がある。
もっとも、Aの犬は物であるから、刑法上違法な行為を行うことができない。そこで、本件で「不正の侵害」が認められるか問題となる。
正当防衛の成立が緩やかに認められるのは、侵害者の行為が「不正」であるからである。このような法の自己保全の考え方からすれば、「不正」とは刑法上の違法性を指すと解するべきである。
したがって、動物や自然現象行為とはいえない人の挙動による侵害に対しての正当防衛は当然には成立しない。これは緊急避難(37条1項)などによって処理されるべきである。
本問では、Aの犬が噛みついてきたことについては何ら「不正の侵害」は観念できず、正当防衛は否定される。
(2) そこで、緊急避難の成否を検討する。
本件では、Aの犬は甲の足に噛みつこうとしており、「自己…身体・・に対する現在の危難」は認められる。
また、甲はAの犬による噛みつき行為から避けるつもりで取りつけ たのだから避難の意思(「避けるため」)も認められるし、Aの犬は大型で力も強く、甲には上記行為に及ぶ以外に犬の攻撃を回避する手段がなかったのであるから、補充性(「やむを得ずにした行為」)も認められる。
さらに、甲の行為によって失われた法はAの財産であるが、得られた利益は甲の身体の安全であり、法益の権衡(「生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった」こと)も認められる。
3 したがって、緊急避が成立するので、器物損壊罪は成立しない。
第2 Aに過失がある場合
1 Aに過失がある場合には、Aの犬による侵害行為は、Aの過失行為と評価することが可能である。
そこで、Aの犬を蹴りつけた行為は、Aの過失行為という違法性ある「不正」な行為への防衛行為として捉えられる。
2 したがって、本件では正当防衛が成立し得る。
その他の要件について検討すると、Aの犬は、甲の右足に噛みつこうとしているから、「急迫」性が認められる。また、Aの犬を蹴りつけた行為は、「自己」の身体の安全という「権利を防衛するため」の行為であるし、上記のように、甲には上記行為に及ぶ以外に犬の攻撃を回避する手段がなかったのであるから、防衛行為の相当性が認められ、「やむ
を得ずにした行為」であるといえる。
3 以上から、甲には正当防衛が成立するので、器物損壊罪は成立しない。
以上

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