刑法第14問

2022年9月23日(金)

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問題

「甲と乙は、甲が乙に軽度の傷害を与え、保険金名目下に金員を詐取しようと共謀し、甲が、自ら運転する自動車をこの運転する自動車に追突させて、乙に軽傷を負わせた。右追突によりこの自動車が突然対向車線に押し出されたため、対向車線を走行してきた丙の運転する自動車が避けきれずにこれに衝突し、その結果乙は死亡した。甲の罪責を論ぜよ。
(旧司法試験 昭和57年度 第1問改題)

解答

1 甲が乙に軽度の傷害を与える意図で、自ら運転する自動車をこの運転する自動車に追突させた行為について、「身体を傷害し、よって人を死亡させた」ものとして、傷害致死罪(205条)の成立が考えられる。
(1) もっとも、この死の結果発生には、丙の自動車と追突するという事情が介在している。そこで、因果関係の有無が問題となる。
(2) 因果関係は、当該行為が結果を引き起こしたことを理由に、より重い法的評価を加えることが可能なほどの関係が認められ得るかという法的評価の問題である。そこで、因果関係の存否は、当該行為が内包する危険が結果として現実化したかという観点から決するものと解する。具体的には、行為者の行為の危険性と、介在事情の結果発生への寄与度を中心に諸事情を総合的に判断して決すべきである。
(3) 自動車を追突させる行為は、自動車が一定の重量・速度を有するこ とからすれば、人の死の結果が発生する危険性が高いといえる。
一方、丙による衝突も死の結果に対して寄与しているが、このような事態は甲の上記追突により乙の自動車が突然対向車線に押し出されたために起こったものであり、いわば甲の行為により誘発されたものである。
したがって、甲の行為の危険性が現実化したものといえ、因果関係は認められる。
(4) 以上から、甲の行為には、傷害致死罪の構成要件該当性が認められる。
2 もっとも、甲は乙に軽傷を与えることについて、乙の同意を得ている。
(1) ここで、被害者の同意がある場合は違法性を阻却すると考える。違法性とは社会倫理規範に違反する法益侵害又はその危険であるところ、被害者の同意がある場合には、当該行為が社会的に不相当とまではいえないからである。
とはいえ、全ての同意が違法性を阻却するのではなく、社会的に相当と認められる範囲においてである。そのような範囲にあるか否かは、単に承諾が存在するという事実だけでなく、承諾を得た動機、目的、身体傷害の手段、方法、損傷の部位、程度など諸般の事情を照らし合わせて決すべきである。
(2) 本件では、甲は保険金名目下に金員を許取しようという違法な動機の下にこの同意を得ており、目的の社会的悪性が強い。また、追突行為自体から発生した結果は偶然にも軽傷にとどまっているものの、その後上記のように丙の自動車と衝突し、この死亡結果が生じていることからも明らかなように、自動車を追突させる行為は人の死の結果を含む大きな社会的危険を越起するおそれのある行為である。
これらの事情に鑑みれば、上記同意に社会的相当性は認められないというべきである。
(3) したがって、同意による違法性身却は認められない。
3 以上から、甲には傷害致死罪が成立する。
4 なお、いわゆる保険金詐欺の「実行」の「着手」(43条本文)は、保険会社に保険金支払請求をした時点で認められるところ、甲はまだ同請求を行っていない。そのため、甲に詐欺未遂罪(250条、246条1項)は成立しない。
以上

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