刑法第15問
2022年9月30日(金)
問題解説
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問題
甲は、Aと交際していたが、Aが日頃から婚姻を迫ってくることや甲の交友関係に干渉してくることが疎ましく思うようになっていた。また、甲は、会社の同僚であるBと親密な関係になったことから、Aと別れたいと思うようになったが、Aの性格上、それを認めてもらえないだろうと思い、いっそのこと、Aを殺してしまおうと思った。
そこで、甲は、Aに対して、「今日、会社をクビになってしまった。俺なんか生きていても仕方がないから、自殺しようと思う。」などと虚偽の事実を告げた。「一緒に死んでくれないか。ここに睡眠薬があるから、一緒に飲んで死のう。」などと言った。Aは、甲の言葉を信じた上、甲を心から愛していたため、これに同意した。そこで、甲は、Aに致死量相当の睡眠薬を手渡した後、あらかじめ用意していた身体に害のない栄養補助食品(いわゆるサプリメント)を睡眠薬であるかのように飲んだ。Aは、これを見て、甲から渡された睡眠薬を飲みこんだ。
甲は、Aの様子をうかがっていたが、何も殺すことはなかったのではないかと後悔するようになり、電話で救急車を呼び、Aを病院に搬送したが、間に合わず、Aは死亡した。 甲の罪責について論じなさい。
解答
第1 殺人罪の成否
1 甲が、殺意をもって、Aに致死量相当の睡眠薬を手渡してこれを飲ませ、もって死亡させた行為について、Aを利用した殺人罪(199 条)の間接正犯の成立が考えられる。
一方で、甲は、Aに対して、「今日、会社をクビになってしまった。 俺なんか生きていても仕方がないから、自殺しようと思う。」などと成偽の事実を告げた上、「Aも一緒に死んでくれないか。ここに睡眠薬があるから、一緒に飲んで死のう。」などと申し向けているところ、Aは、甲の言葉を信じた上、自殺を決意しており、自己の死そのものにつき認はなく、それを認識承諾していたものであるから、自殺関与罪(202条前段)が成立し得るにとどまるとも考えられる。
2 ここで、甲がAに対して申し向けた事実は虚偽であり、Aは錯誤に基づいて自殺の決意をしている。
では、錯誤に基づいて自殺の決意をした場合,その決意の効力をいかに解すべきか。
この点について、欺罔がなければ被害者は自殺の決意をしなかったのであり、それが意思決定に与える影響が決定的であった限りは、当該決意が被害者の真意に沿わない不本意なものであったことになる。
そこで、被害者の意思決定に当たり重要な影響をもつ錯誤があったと き、当該決意は無効であると解する。
本間において、甲は、真実はAのことを疎ましく思っており、Aと別れたいと思うようになったが、Aの性格上、それを認めてもらえないだろうと考えたため、上記のように申し向けている。
Aが死を決意したのは、甲を心から愛していたからであり、Aが仮に事実を知っていたならば、睡眠薬を飲まなかったと考えられるから、A の意思決定に当たり重要な影響をもつ錯誤があったといえ、自殺の決意は無効である。
したがって、自殺関与罪は成立しない。
3 そして、Aに上記のような話があり、かつAが甲を心から愛していたことからすれば、甲にはAに対する行為支配性が認められ、またAの自殺を利用してAを殺害する意思があるので、甲にはAを利用した殺人罪の間接正犯が成立する。
第2 中止犯の成否
また、甲は、Aの様子をうかがっていたが、何も殺すことはなかった のではないかと後悔するようになり、電話で急車を呼び、Aを病院に搬送しており、中止犯(43条ただし書)の成立も考えられるが、中止犯は未遂犯の一つであることから、本件では結果が発生している以上、既遂であり、中止犯が成立する余地はない。
第3 結論
以上より、甲には殺人罪の間接正犯が成立する。
以上