刑事訴訟法第15問
2022年10月1日(土)
問題解説
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問題
Xは知人のFから美術品(以下「本件美術品」という。)の売却を依頼されていた。Xはその依頼を受けてYに本件美術品を売却したが、その売却代金を費消するなどして、着服したとして、横領罪の嫌疑をかけられていた。警察がYに事情聴取を行ったところ、Yは、Xから本件美術品を買い取ったこと、その際パソコンによって作成し、プリントアウトしたと思われる領収書を受け取ったことを供述した。そこで、警察は、上記横領にかかる一連の金銭の授受の証拠を得るため、X方の捜索を行うこととし、上記の事実を理由として、捜索場所を、Xが居住する「甲市乙町1丁目丙マンション101号室」、差し押さえるべき物を、「本件に関係する金銭の授受を明らかにするための帳簿メモその他の文書パソコン、フロッピーディスクその他の電磁的記録媒体」とする捜索差押許可状を得た。同令状に基づくX方の捜索により、Xが使用していたと思われるパソコン1台が発見された。警察官Kがパソコンのスイッチを入れたところ、システムの起動にはIDとパスワードの入力を必要とする設定がなされていたため、Kは、捜索に立ち会っていたXにそれを教えるよう求めたが、 Xは拒否した。そこで、Kは、その場でシステムを起動させることは無理であると判断し、スイッチを切ってパソコンを差し押さえた上で、警察の専門部門にパソコン内の ファイルの解読を依頼した。専門部門によってファイルが解読された結果、同パソコンには、Xが入力したと考えられる大量のデータが記録されていたものの、本件の一連の金銭の授受に関するデータは全く記録されていないことが明らかになった。本件における捜索差押えの適法性について論じなさい。(東京大学法科大学院 平成21年度改題)
解答
第1 本件捜索差押許可状(以下「本件令状」という。)の特定性について
1 本件令状の記載は「……その他の文書、……その他の電磁的記録媒体」と包括的、概括的な記載があり、差押対象物の特定の要請(219 条1項、憲法35条1項に反するとも思える。
このような要請は被処分者のプライバシー、財産権等の人権を確保しようとするものであるが、一方で捜査の初期段階では、差押物が捜査機関にも具体的に判明しないことが多く、捜査機関に無理を強いることはできない。
そこで、具体的な例示や、罪名等の記載と相まって記載事項を合理的に解釈して差押対象物の特定ができる場合には、上記趣旨に反せず適法であると考える。
2 本件では、帳簿、メモやパソコン、フロッピーディスクという具体的例示と、被疑事件が横領被疑事件であることを考え合わせると、Xの横領行為に関連する物が差押対象物であると理解できる。
よって、差押対象物は特定されている。
第2 Xのパソコン(以下「本件パソコン」という。)の差押え(以下「本件差押え」という。)の適法性
1 では、本件令状の記載が適法であるとして、それに基づいてなされた 本件差押えは適法か。
本件パソコンは、本件令状に記載された物件ではあるが、警察官K は、捜索差押えの現場で、その内容を確認することなく本件パソコンを差し押さえている。なお、IDとパスワードを教えるように求めることは222条1項本文が準用する111条の2で可能だが、協力を拒まれた場合にこれを強制する手段はない。
では、捜索差押えの現場で差押対象物と被疑事実との関連性(222条1項、99条1項参照)を判断することなく、物を包括的に差し押さえることが許されるかが問題となる。
2 捜索差押許可状に捜索・押収する物の明記が要求(219条1項)された趣旨は、被株行者に受忍範囲を明示する必要を満たし、かつ被疑事実に関連しない一般的・探索的搜索押収を禁止し、被処分者のプライバシー・財産権等の人権を確保しようとする点にある。そうすると、差押対象物と被疑事実の関連性の有無を確認せずに包括的に差押えをするこ とは、原則として許されない。 もっとも、差押えの「正当な理由」(憲法35条1項)の存否の判断は、現場の状況を踏まえ、被処分者の利益と捜査の必要性との比較衡量に基づく規範的なものであるから、被疑事実との関連性の程度も一義的に決まるものではない。
そして、パソコン、フロッピーディスク等の電子機器や電磁的記録媒体の場合には、文書の場合とは異なり、直接的な可視性・可読性がなく、内容確認が困難な上、キーボード操作で時間的に消去等ができ罪証隠滅が容易であるという特殊性を考慮する必要がある。
そこで、少なくとも①当該電磁的記録媒体等の中に被疑事実に関する情報が記録されている蓋然性が認められ、②そのような情報が実際に記録されているかをその場で確認していたのでは情報を破壊される危険があるという事情の下では、それらの事情をもって対象物全体に被疑事実との関連性が認められると解し、内容を確認することなく差し押さえる ことも許されると解すべきである。
3 本問では、Xに横領罪の嫌疑がかけられているところ、それに関する一連の金銭授受について、Yがパソコンで作成し、プリントアウトした領収書の発行を受けたことを供述している。そうすると、発見された本件パソコンにそのような電磁的記録が残っている可能性は高く、①本件パソコンに美術品の売買に関する情報が記録されている蓋然性が認められる。
また、②本件パソコンには、ID、パスワードがかかっていること、それを教えることを拒否するといったXの非協力的態度からすれば、誤ったパスワードを入力すると自動的にデータが消去されるプログラムが発動するなどの事態が想定され、被疑事実に関連する情報が実際に記録されているかをその場で確認していたのでは、情報を破壊される危険性がある。
したがって、本件差押えは、被疑事実との関連性を確認することなく行われていたとしても、適法である。
なお、後に、本件パソコンには被疑事実との関連性のある情報が記録されていなかったことが明らかとなっているが、かかる関連性は捜索・ 差押えの現場で要求されるものであって、その場の状況から判断できる限りにおいて、一応の疎明があれば足りると解されるから、事後的に見て関連性が認められなかったからといって、直ちに違法の問題を生じる ものではない。
よって、本件差押えは適法である。
4 その後に行われた本作パソコン内のファイルの解読は、押収物に対する必要な処分(222条1項本文,111条2項)であって、適法である。
以上