民事訴訟法第25問

2022年12月3日(土)

問題解説

問題

甲は、乙に対し, 不法行為に基づく損害賠償の一部請求として1,000万円の支払を求める訴えを提起した。審理の結果、乙に不法行為が成立すること及びこれによって甲が被った損害は1,500万円であることが認められるとともに、当該不法行為につ いては甲にも過失があり、過失割合は、甲が4割、乙が6割であることも認められた。次の事情がある場合、裁判所はどのような判決をすべきか。
1 乙は、この行為と甲の損害との間に相当因果関係がないとの主張の中で甲の行為が損害の発生につながったとの事実を主張していたが、過失相殺をすべきであるとの主張はしていなかった。
2 乙は、甲の過失に関するいかなる主張もしていなかった。
(旧司法試験 平成11年度 第2問)

解答

第1 小問1について
1 本問では、被告乙は過失を基礎付ける事実(評価根拠事実)の主張は行っているものの、過失相殺(民法722条2項)をすべきとの主張自体はしていない。そのため、裁判所が過失相殺の抗弁を認めてしまうと、弁論主義に違反するのではないか。
2(1) 弁論主義とは、訴訟資料の収集・提出を当事者の権能かつ責任とする建前である。
この建前は、実体法上私的自治の原則が採られていることから、裁判上も当事者の意思を尊重することが望ましいことに基づく。また、弁論主義は、攻撃防御の対象を示すことになるから、当事者に対する不意打ち防止機能を有するといえる。
その一内容として、裁判所は、当事者が弁論で主張しない事実を基礎に判決を下してはならないという準則(第1テーゼ)が導かれる。そうすると、裁判所は、たとえ証拠から事実の存在が認められたとしても、当事者の主張がなければ、当該事実の存在を認定することが できない(訴訟資料と証拠資料の峻別)。
(2) そして、弁論主義が適用される事実は権利の発生・変更・消滅という法律効果を判断するのに必要な事実たる主要事実に限られると解する。なぜなら、当事者は主要事実の存否をめぐって争うのであるから、当事者の意思の尊重及び不意打ち防止の観点からは主要事実を対象とすれば足りるからである。
3(1) ここで、過失相殺のような公益性の強い制度については、そもそも弁論主義の適用がないとする見解がある。
しかし、過失相殺は当事者間における損害負担の公平を図るという点で、たとえば公序良俗違反(民法90条)の判断などに比べ公益的色彩が弱い。そうだとすれば、弁論主義の適用があると考えるのが妥当である。
(2) その上で、 本問では、過失を基礎付ける評価根拠事実(甲の行為が損害の発生につながったとの事実)の主張はあるものの、過失相殺を行う旨の意思の表明はしていない。
仮に、かかる意思表明も主要事実(あるいはそれに準じるもの)として、弁論主義の第1テーゼの適用があるとすれば、裁判所が職権で過失相殺を行うことは弁論主義の第1テーゼに違反することになる。そこで、この点についていかに解すべきか。
過失相殺は損害の公平な分担を図る点にその趣旨があり、公益的な制度である。そうだとすれば、少なくとも当事者が過失の評価根拠事実を主張しているのならば、裁判所が職権で過失相殺をなし得ると解すべきである。すなわち、過失相殺を行う旨の意思の表明は主要事実(あるいはそれに準じるもの)ではない。
本問では、主要事実たる過失の評価根拠事実についての主張は乙が行っているから、裁判所が職権で過失相殺を行うことは弁論主義の第1テーゼに違反するものではない。なお、過失のような規範的要件については、それを基礎付ける具体的事実(評価根拠事実)に当事者の攻撃防御が集中するから、これが主要事実であると解すべきである。
4(1) では、過失相殺をなす場合、裁判所は請求額である1000万円を基準とすべきなのか全損害額である1,500万円を基準とすべきなのか、条文上明らかでなく問題となる。
確かに、一部請求での訴訟物は、試験訴訟の必要性及び被告の不意打ち防止の調和の観点から、明示された原告の請求額に限られると解されるから、明示された請求額を基準額とするのが自然である。
しかし、原告の意思としては、過失相殺の抗弁が提出されることを想定して一部請求をなしていることが考えられるから、できるだけこれに近い額を得ることを期待すると思われる。
またそうでない場合でも原告が別訴を提起して残存債権額の認容を求めれば、被告の賠償額は結局合計額としては変わらなくなるので あるから、被告としても一回の訴訟で紛争を解決した方が煩わしくな い。さらに、 紛争の一回的解決を図ることは裁判所にとっても訴訟経済上望ましいことといえる。
したがって、 全損害額を基準とすべきと考える。
(2) 本問では、裁判所は全損害額たる1,500万円を基準に過失相殺をすることになる。
5 したがって、裁判所は「乙は甲に900万円を支払え。甲のその余の 請求を棄却する。」との判決を下すべきである。
なお、このような一部認容判決は、通常原告の意思に反しないし、被告の不意打ちにもならないから246条に抵触せず許容される。本問でも、原告甲の意思に反する。あるいは被告この不意打ちになるような事情は認められないから、246条に抵触せず、許容される。
第2 小問2について
1 前小問において論じたように、過失相殺については弁論主義の適用がある。そのため、過失相殺に関するいかなる事実も主張していないにもかかわらず、職権で過失相殺をする場合には、まさに弁論主義の第1 テーゼに違反することになる。
したがって、乙が甲の過失に関するいかなる主張もしていない本問で は、裁判所は職権で過失相殺をなし得ない。
2 以上から裁判所は過失相殺をなし得ないため、他の抗弁がない限り裁判所は原告甲の申し立てたとおり「乙は甲に1,000万円を支払え。」との全部認容判決を下すべきである。ただし、裁判所は、過失相殺に関する主張についての釈明を求めるのが望ましい。
以上

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