行政法第26問

2022年12月12日(月)

問題解説

問題

次の説明を読み、[小間1]および[小間2]に答えなさい。
農業振興地域の整備に関する法律(以下、「農振法」という。参照条文1)によれ ば、市町村の定める農業振興地域整備計画中で定められる農用地利用計画は、農用地として利用すべき土地の区域(農用地区域)とその区域内にある土地の農業上の用途区分を設定するものであり(農振法8条)整備計画が決定されると、農用地区域に指定さ れた地域に含まれる具体的な土地は、開発行為が制限され(同法15条の2)これに反して開発行為がなされた場合には、都道府県知事は、開発行為の中止ないし復旧に必 要な行為をすべき旨を命じることができる(同法15条の3)。一方、農用地区域内の土地所有者が、このような負担を免れようとするときには、市町村による農用地利用計画の変更の決定(同法13条)がなされなければならない。
A県B市では、当該土地を農用地等以外の用途に供する目的による変更については、「B市農業振興地域整備計画の管理運営に関する事務取扱要綱」(以下、「要綱」という。参照条文2)に基づき、B市に、個別除外の申出をすることになっている(要綱5 条)。B市は、この除外申出を受けて、A県との事前協議等を経て農用地利用計画変更の妥当性を判断し、申出を行った者に対して、除外の可否についての通知(要綱6条)を行ったうえで、農用地利用計画変更手続きを進めることとしている。
B市内の農業振興地域内の農用地に農産物加工場建設を計画したCが、農産物加工場建設のために農用地の指定から個別除外をするようB市担当者と事前相談したところ、B市担当者Dは、農産物加工場の建設については汚水対策など周辺住民等との紛争も予想されることから、関係者への説明を行い、同意を得るよう指導した。その際Cは、個別除外を認める際の具体的な判断基準を求めたが、Dは、とりあえずは同意を得ることが先決であると口頭で指導したのみであった。Cは地域での説明を行ったが、周辺住民の中には反対者がなお多く、地域住民の同意書をとりつけることはできなかった。その結果を受け、担当者Dは、周辺住民の同意が得られていないからとの理由を口頭で伝え、個別除外申出書を受理せず、Cに対して返戻した。現在は、Cの意図した農地については、農用地利用計画は変更されないため、Cは対策を検討中である。
[小間1]本件で問題となっている個別除外の申出に対してB市長が行う通知は行政処分(行政行為)であるかどうか、できるだけ詳細に検討しなさい。
[小間2] [小間1] の結論の如何にかかわらず、個別除外申出に対する通知が行政処分であること、さらにB市では行政手続法とほぼ同内容の行政手続条例が制定されていることを仮定した場合、B市の対応にどのような法的問題点があったか、手続的側面に絞って具体的に検討しなさい。
【参照条文 1】○農業振興地域の整備に関する法律 (抜粋)
(目的)
第1条 この法律は、 自然的経済的社会的諸条件を考慮して総合的に農業の振興を図 ることが必要であると認められる地域について、その地域の整備に関し必要な施策を計画的に推進するための措置を講ずることにより、農業の健全な発展を図るとともに、国土資源の合理的な利用に寄与することを目的とする。
(農業振興地域の整備の原則)
第2条 この法律に基づく農業振興地域の指定及び農業振興地域整備計画の策定は、 農業の健全な発展を図るため、 土地の自然的条件 土地利用の動向、地域の人口及び産業の将来の見通し等を考慮し、かつ、国土資源の合理的な利用の見地からする土地の農業上の利用と他の利用との調整に留意して、農業の近代化のための必要な条件をそなえた農業地域を保全し及び形成すること並びに当該農業地域について農業に関する公共投資その他農業振興に関する施策を計画的に推進することを旨として行うものとする。
(定義)
第3条 この法律において「農用地等」 とは、次に掲げる土地をいう。
耕作の目的又は主として耕作若しくは養畜の業務のための採草若しくは家畜の 放牧の目的に供される土地(以下「農用地」という。)
二 木竹の生育に供され、 併せて耕作又は養畜の業務のための採草又は家畜の放牧の目的に供される土地(農用地を除く。)
三 農用地又は前号に掲げる土地の保全又は利用上必要な施設の用に供される土地
四 耕作又は養畜の業務のために必要な農業用施設(前号の施設を除く。)で農林 水産省令で定めるものの用に供される土地
(市町村の定める農業振興地域整備計画)
第8条 都道府県知事の指定した一の農業振興地域の区域の全部又は一部がその区域 内にある市町村は、政令で定めるところにより、その区域内にある農業振興地域について農業振興地域整備計画を定めなければならない。
2 農業振興地域整備計画においては、次に掲げる事項を定めるものとする。
農用地等として利用すべき土地の区域(以下「農用地区域」という。)及びその区域内にある土地の農業上の用途区分
二~六 (略)
3 (略)
4 市町村は、第1項の規定により農業振興地域整備計画を定めようとするときは、政令で定めるところにより、当該農業振興地域整備計画のうち第2項第1号に掲げる事項に係るもの (以下「農用地利用計画」という。)について、都道府県知事に協議し、その同意を得なければならない。
(農業振興地域整備計画の変更)
第13条 都道府県又は市町村は、農業振興地域整備基本方針の変更若しくは農業振興地域の区域の変更により、前条第1項の規定による基礎調査の結果により又は経 済事情の変動その他情勢の推移により必要が生じたときは、政令で定めるところにより、遅滞なく、農業振興地域整備計画を変更しなければならない。(以下略)
2 前項の規定による農業振興地域整備計画の変更のうち、農用地等以外の用途に供することを目的として農用地区域内の土地を農用地区域から除外するために行う農 用地区域の変更は、次に掲げる要件のすべてを満たす場合に限り、することができる。
一~五 (略)
3、4 (略)
(農用地区域内における開発行為の制限)
第15条の2 農用地区域内において開発行為(宅地の造成、土石の採取その他の土地の形質の変更又は建築物その他の工作物の新築、改築若しくは増築をいう。以下同じ。)をしようとする者は、あらかじめ、農林水産省令で定めるところにより、都道府県知事(農用地の農業上の効率的かつ総合的な利用の確保に関する施策の実施状況を考慮して農林水産大臣が指定する市町村(以下この条において「指定市町村」という。)の区域内にあつては、指定市町村の長。以下「都道府県知事等」という。)の許可を受けなければならない。(以下略)
(監督処分)
第15条の3 都道府県知事等は、開発行為に係る土地及びその周辺の農用地等の農業上の利用を確保するために必要な限度において、前条第1項の規定に違反した者(中略)に対し、その開発行為の中止を命じ、又は期間を定めて復旧に必要な行為をすべき旨を命ずることができる。
【参照条文2】 ○ B市農業振興地域整備計画の管理運営に関する事務取扱要綱 平成 ●月●日
訓令甲第○号
(目的)
第1条 この要綱は、農業振興地域の整備に関する法律(昭和44年法律第58号。以下「農振法」という。)第8条の規定に基づくB市農業振興地域整備計画(以下「整備計画」という。)のうち、同法第13条第2項による農用地利用計画の変更(以下「個別除外」という。)を行うときの取扱いを定めることにより、整備計画の適正な推進及び管理運営に資することを目的とする。
(用語の定義)
第2条 この要綱において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
一 農用地 農振法第3条第1号に規定する土地をいう
二 農業振興地域整備計画 農振法第8条第1項に規定する計画をいう
三 農用地利用計画 農振法第8条第4項に規定する計画をいう
四以下(略)
(事前相談の申込)
第4条 個別除外を行いたい者(以下「申出者」という。)は、個別除外に係る事前相談申込書(様式第1号)により市長に対して事前相談の申込をすることができる。当該相談の結果、個別除外が妥当と判断された申出者以外は、次条の規定による個別除外の申出はできないものとする。
(個別除外の申出)
第5条 前条の事前相談の結果、個別除外が妥当と判断された申出者は、農用地区域からの個別除外申出書(様式第2号)により個別除外の申出を行うものとする。
(個別除外申出の処理と通知)
第6条 市長は、前条の申出を受理した場合には、農振法及びA県が定める農業振興地域整備計画管理事務の手引きに従い、これを処理し、個別除外申出結果通知書(様式第3号)により、 個別除外の可否を通知するものとする。
(神戸大学法科大学院 平成22年度 改題)

解答

第1 小問1について
1 個別除外の申出に対してB市長が行う通知(以下「本件通知」 という。)が、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)3条2項の 「処分」に当たるかを検討するに当たり、「処分」の意義が明らかでな く問題となる。
取消訴訟は、行政行為の公定力を排除するための訴訟類型であるから、「処分」とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているものを意味する。
2(1) まず、当該土地が既に農用地区域に含まれている以上、農業振興地域整備計画が変更されないとしても、現在の法律関係が維持されることになるにすぎないから、同計画の変更を行わない旨の通知は、国民の権利義務ないし法的地位に直ちに影響を及ぼすものではない。
(2)ア  一方、農用地区域内の土地所有者等は当該土地を指定された用途以外に使用する行為が制限されるのであるから(農振法15条の 2.15条の3)、この制限の解除を求める権利は、農法上、留保されるべきであるとも考えられる。このように考えれば、農用地区域内の土地所有者には、農振法上、農用地区域からの除外申請権が認められ、それに対してB市長が行う本件通知は、諾否の応答を行うものであるから、国民の権利義務を形成するものとして「処分」に当たることになる。このような見解は、要は、農法13条2項の意図する運用を具体化していると見るものである。
イ しかし、個別除外の申出及びこれに対する本件通知は、 行政規則たる要綱に根拠があるにすぎず農振法には、農用地区域内の土地所有者に対して農用地区域からの除外申請権を認める手掛かりとなる規定は存在しない。かえって農振法13条2項(及び1項)によると、同計画の変更は職権によって行われるべきものとされていると解されるから、同計画の変更の申出を不承認とする旨の通知は、職権による変更をしないという結果を、事実上、通知するものにすぎないと解すべきである。
(3) 以上から、本件通知は、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているものとはいえず、「処分」には当たらない。
第2 小問2について
1 本件通知を行政処分とみる場合は、農振法に基づく個別除外にかかる申請権を肯定する(農法13条2項)ことを前提とするから、本件通 知は申請に対する処分(行政手続法(以下「行手法」という。)2条2号、3号)の結果(諾否)を通知するものとして位置付けられる。この処分は、地方公共団体の機関がする処分であるが、根拠となる規定が農振法という法律に置かれているため、行政手続法が適用される(行手法3条3項かっこ書)。ただし、行政指導(行手法2条6号)に関しては、B市行政手続条例が適用される(行手法3条3項)。
2 その上で、B市の対応として、具体的に問題となりそうなのは、①Cが個別除外するようB市担当者Dと事前相談した際、周辺住民の同意を取り付けるよう行政指導を口頭で行っている点、②個別除外を認める際の具体的な判断基準をCが求めたのに対してDが答えなかった点、③個別除外届出書を受理せず、Cに対して返戻した点である。
(1) ①について
DはCから書面の交付を求められていないことから、この点は問題がない(B市行政手続条例、行手法35条3項)。
(2) ②について
申請に対する処分に関しては、行政庁は審査基準を定めなければならず(行手法5条1項)、特別の支障のない限りこれを公にする必要がある(行手法5条3項)。
したがって、B市において、審査基準を定めていない場合、あるい は定めていても特に支障がないのに公表しなかった場合は違法であ る。
(3) ③について
これは申請に対する処分にかかる受理概念の否定(行手法7条)に矛盾する。したがって、不作為状態が継続することとなり、相当期間を経過した場合には、不作為は違法となる(行訴法3条5項参照)。なお、仮に本間における返戻が実質的にみて拒否処分に該当する場合には、申請者に対して理由を示す必要があり(行手法8条1項)、しかもそれが書面による処分である場合には、理由提示は書面で行う必要がある(行手法8条2項)ところ、本問では口頭で理由を伝えたのみであるため、違法である。
以上

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