刑法第26問
2022年12月13日(火)
問題解説
問題
暴力団組長である甲とVとの間に、金銭関係のトラブルがあったため、暴力団組員である乙は、甲から「この金で手打ちにしろ。何もなしですめば一番いいが、あいつが嫌がるようなら、こちらもなめられてはいけないから、多少手荒なことはしてもかまわない」と命じられた。乙は、気が進まなかったものの、親分である甲の命令なので、渡さ れた和解金100万円を持参して、仕方なく、V方に交渉に向かった。V は、乙を見て渋い顔をしていたが、乙を応接間にあげた。
しばらくして、乙が和解金のことを切り出したところ、Vは「貴様たったそれっぽっちで手打ちにしろと言うのか!わしをなめとるのか!」と怒号しながら、傍らにあった日本刀を引き抜いて、「貴様、叩っ斬るぞ!」と叫んで、刀を振り回した。はじ めは乙も、脅しだろうから、何とかやり過ごそうとしていたが、 Vは、途中から、怒りに我を忘れ、乙の左腕に切りつけ、服が破けて血が噴き出した。乙は、このままでは殺されてしまうかもしれないと思って、ドアに向かって逃げようとしていたところ、Vが「貴様逃げるのかぁ」 と叫んで、ドアの前で仁王立ちになった。乙も、ここまでされるいわれはないと怒りがこみ上げ、また、甲からの指示も思い出し、側にあった銅製の壺を両手でつかみ、Vの顔面めがけて思い切り投げつけた。Vは壺を避けようとしてよろけ、その際. 刀がVの首筋に刺さった。Vは多量に出血をし、すぐ動かなくなり、その後死亡した。
以上の事案における甲及びこの罪責について論じなさい(特別法違反に言及する必要はない)。
解答
第1 乙の罪責
1 乙の行為はVの「身体を傷害し、よって人を死亡させた」として、傷害致死罪(205条)の構成要件に該当する。この点に関して、殺人 罪(199条)の構成要件に問擬すべきかにも思えるが、鋼製のを顔にめがけて投げつけるという攻撃方法は偶然性に依存する部分が大きく、殺人の故意を認めるには足りない。
2(1) 次に、上記乙の行為は、Vが乙を日本刀で切りつけるという「不正 の侵害」行為に対応してなされたものであり、正当防衛(36条1項)の成立が考えられる。
(2)ア 乙は、甲から「多少手荒なことはしてもかまわない」と言われており、Vとトラブルになる可能性は認識している。そのため、乙には侵害の予期はあると思われるものの、積極的加書意思が認められるなどの事情が無い限り、それのみでは「急迫」性は失われないと解すべきである。法は予期された侵害を避けるべき義務を課する趣旨ではないからである。甲とは異なり、乙には積極的加害意思までは認められないから、「急迫」性は認められる。
また、「防衛するため」といえるためには防衛の意思が必要かが問題となるところ、これを欠く行為は社会的に相当とはいい難いから肯定すべきである。そして、防衛の意思とは、侵害の認識と侵害に対応する意思をいい、単に攻撃の意思を併有するのみの場合には、依然として防衛の意思は失われないと解する。防衛行為は事の性質上、興奮逆上して反射的になされることが多いからである。
本件では、乙はVの攻撃に対して怒りがこみ上げており、 攻撃の意思を有すると考えられるものの、このままでは殺されてしまうかもしれないと思って反撃に及んでおり、侵害の認識と侵害に対応する意思は有しているといえる。
よって、 防衛の意思も認められるから、「防衛するため」の要件も満たす。
ウ 最後に「やむを得ずにした行為」といえるか検討する。
「やむを得ずにした行為」とは, 防衛行為の相当性を意味する。正当防衛の場合、防衛者とその相手方とは「正対不正」の関係にあるから、必ずしも防衛行為が唯一の侵害を回避する方法であることは要求されないし、厳格な法益の権衡も要求されないからである。本間では、Vは怒りに我を忘れて、「貴様、叩っ斬るぞ!」と叫 んで日本刀を振り回しており、すでに乙の左腕に切りつけている。また、乙は攻撃を回避するためドアに向かって逃げようとしたところ、Vがドアの前に仁王立ちになっており、Vはさらに攻撃の気勢を示しているだけでなく、乙はVの攻撃から逃げることは困難であった。 一方、乙の攻撃は、銅製のをVの顔めがけて投げつけるというものであり、凶器の使用方法として危険性は低いといえる。以上の事情を総合的に考慮すれば、防衛行為の相当性は認められると考えられる。
したがって、「やむを得ずにした行為」であるといえる。
(3) よって、乙には正当防衛が成立する。
3 以上から、乙の行為は違法性が阻却されるから、乙は不可罰である。
第2 甲の罪責
1 まず、甲は、自ら傷害行為に加わっていないので、「共同して犯罪を「実行した」として、傷害致死罪の共同正犯(60条)が成立するかが問 題となるが、肯定すべきである。なぜなら、共同正犯において「すべて 正犯とする」とされたのは、共同犯行の認識の下、自己の犯罪として当該犯罪を行ったからであるところ、甲は暴力団組長、乙はその配下とい う関係で、乙は甲の指示に服従する関係にあり、甲は自分のトラブルの 解決のため乙に指示を出していることから、共同犯行の認識の下、自己の犯罪として行ったものと認められるからである。
2 そして、甲乙間に共同正犯関係が成立したのは、乙が防衛行為に出た時点である。乙は甲から、Vに対する傷害行為の働き掛けを受け、内心ではこれを受け入れるに至っていないものの、甲の指示に従って、渡さ れた和解金100万円を持参して、V方に向かっており、心理的には甲の働き掛けの影響を強く受けた状態にあり、Vからの攻撃を受けたこと を契機として、甲からの指示も思い出し、自己を防衛しようとするとともに、ついに甲の共同犯行の働き掛けを全面的に受け入れて共謀を完成させ、これに基づき行為に出たものと認められるからである。
したがって、甲は、傷害致死罪の共同正犯の構成要件に該当する。
3 一方で、甲には、乙の行為について、正当防衛は成立しない。
甲は、乙に対して、「多少手荒なことをしてもかまわない」と告げており、当初から和解の機会を利用してVを加害する意思を有していたと思われる。そのため、甲には、侵害の予期だけでなく、積極的加害意思 が認められるところ、上記の通り、このような場合には「急迫」性の要件が欠けるからである。
そうすると、共同正犯者間で違法性阻却事由の有無が異なることとなるが、このような場合、一方に成立した違法性阻却事由が他方に影響を及ぼすか。
共同正犯も他人の行為を通じて間接的に法益侵害を生じさせているという面を否定できないから、共犯従属性の議論は共同正犯においても排除する理はない。そして、共犯従属性においては制限従属性説が妥当と考える。共犯は正犯を通じて間接的に法益侵害を行う点に処罰根拠があ あるため、共犯の可罰性を認めるには、正犯者が違法な行為をなしたこと を要し、かつ、それで足りるというべきであるからである。
以上を前提とすると、正当防衛は違法性阻却事由であるから、原則的に共同正犯者間で連帯する。
もっとも、共同正犯のうち一人に積極的加書意思があるような場合は別に考え得る。このような主観的事情は行為無価値的な違法要素であると考えることができ、そのような違法要素は連帯しないと解すべきだか らである。
本件では、上記の通り、甲と乙では積極的加害意思という主観的事情が異なるから乙に成立した正当防衛が甲に影響を及ぼすことはない。
4 以上から、甲には傷害致死罪の共同正犯(205条, 60条)が成立 する。
以上