藤原京訪問記

東京でも平安京でも平城京でもない藤原京訪問記です

藤原京の内裏から

▼人生初の上京です。上京といっても現在、令和3年3月弥生の首都の東京ではなくて、日本の最初の本格的都として京の字をあてがわれた都、ジ・オリジンオブ京、の藤原京です。藤原京は現在の住所でいえば奈良県橿原市にあるただのだだっ広い草原にところどころ柱だけが立っているという、まことにシュールな風景のところですが、まっ平らな盆地の中に、これだけの条坊と大通りを備えた本格的都をぶち上げてしまった我々のご先祖さまの気合と何よりもその好奇心と手先の器用さに驚くばかりです。

▼日本の本格的な都は、藤原京→平城京→平安京→東京イマココ、という変遷をたどり、現在は最後の将軍家の居城であったところの江戸城を改築して、葵の御紋を菊の御紋に変えて皇居にして今上天皇がお使いになられているわけでありますが、そのはじめのはじめの皇居、昔は内裏といったところから撮った写真がこちらになります。

▼このように、日本人としては、時の変遷により人気の場所やコンテンツは移り変わっていくものの、都というもののその最初、嚆矢(こうし)となった藤原京の地に立ち、こうして眺め回してみますと、なんだかありありと、当時の私たちのご先祖たちが、遠くから集い、持統天皇や文武天皇の前で、誇らしく自分たちの都ができたと喜びまくっていたのが目に見えるようでございます。当時の日本国民の数は500万人弱と推計され、これは今の日本国民1億三千万人のざっと15分の一、すなわち福岡県くらいの人口で、これだけの大事業をやり遂げてしまう我々ご先祖さまたちの痛々しいほどの高揚感とかウェイウェイ感の発露だったと思うと自然に大きな息が出るものでございましょう。

▼もう一度申し上げます。日本の都は、今から遡りますと、東京→平安京→平城京→藤原京、に行き着きます。東京が平安京を超えるにはあと軽く1000年は必要ですから、東京の皆さんはとくにその辺よろしく踏まえていただければと思います。

▼今日の塾長ブログはここまでです。

柱が立っています
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