エイプリルフールと簡単に言えなくなってきた時代になったという話です(2021/03/31)

▼おはようございます。本日は、2021/03の終わりということで、明日はエイプリルフールなのですが、どうやら、何をしゃべるにしても表現するにしても、他者の目や批判、そもそも事実かいなかエビデンスを見せろという世知がらい、言いにくい世の中になってしまっておりまして、それでも、「個人の意見です」としたところで、他者を誤認させる広告宣伝については、刑事罰含む行政罰が広く課され、それ以上に、社会的に制裁、リンチを受けるというのが令和のこの世の中です。日本人の芸風である同調圧力もここに極まれり、というところであり、例えば、コロナ対策で国民にいろいろな不便を「お願い」している立場の厚生労働省のみなさんが、退任する職員の送別会に実に深夜24時まで、延べ24人がかけつけて蜜に騒いだと事案が全国的にニュースになるくらい、国民のイライラ感が募っている状態なのでしょう。しかしながら、このような枝葉末節に異常にこだわりながら、一方では、かつては、黒い蒸気船が4隻も浦賀に来航したときは、一般庶民も幕府も朝廷の役人も、みんなで集って見に行った、という記録が残っていますように、このような国家的な大事態に直面しても、本音のところではなんとかなるさと楽観的に構えていられるのも、これも日本人独特の芸風といえましょう。

▼さて、日本人の勉強という観点でありますけれども、寺子屋時代のそのまた前の時代から永遠と続く集団講義型の授業においては、どうしても、勉強についていけてなくなってしまったけれども、ただただ、同調空間を乱すのが嫌なまま、授業が終わるのを大人しくいい子でやり過ごしている子がたくさん出てしまうのが悩みのタネであります。このように、講義側では着々と1日平日5時間とか6時間とかいった、時間を、授業として成立させこなしているという自己満足こそあれ、授業の本当の主体である、子どもたちは、ただ時間が過ぎ去るのを待つ、そうやってただ無為に過ごしてしまう小中高生がいかに多いことか、戦慄を覚えるのです。

▼授業についていっている子供、授業に流されている子供はまだいいのですが、もうすでに、全く授業の内容が頭に入ってこない、つまり宇宙人の言葉かただの音のように過ぎ去るのをただ待っているというのは、壮大な無駄です。こうした子どもたちに対しては、彼らが分かるところまで戻って、そしてそこから彼らのペースで歩み始めればいいので、もう、中学や高校では、進度別に個別授業にしたほうが良いと思います。そして、個別授業をするのが人としてきついならば、N高や予備校にたくさんある、自動講義動画の理解度をAI判定させて、それで進度管理を個別にするほうがよほど効率的だと思います。東大の学部に入るために必要な自学時間は、筆者の勝手な想定では、中学時代に3,000時間、高校時代に5,000時間とふんでおりますが、この内容で繰り返し入試レベルの知識と回答力をつけていくには、自分で考えて答案に表現する創造力が必要です。細かい動画授業と何度でもわかるまでの自らの繰り返しでしか、本当の学力はつかないと信じておりまして、一体、他人の話を聞くだけでどうして自分の学力が上がると思える人がこんなに多いのか驚くのです。

▼授業の進度など関係なく、こうしたことに気づいた人たちが、自らの頭手足を使って自学する態度を身につけ、自学でゆっくりでいいから上がっていける(速度は人それぞれ)、そんな仕組みや雰囲気の学校はないのかしらと常に考えています。

▼繰り返しますと、筆者はこの「奥義」に割と早い段階(小学校の低学年の頃にはすでに)に気づいておりましたので、つまらない(と自らが感じる)学校の授業は「内職」「自習」していました。教諭には怒られましたけど、「私に必要な学習はこの授業ではない」と申し上げ、自分の時間として使わせてもらいました。「(私にとって)必要な授業ではない」「だからといって私向けの専用の授業をしてくれとはいわない、自分で自学するから」と申し上げただけでしたが、なかなかわかってはもらえませんでした。繰り返します、私は、私にとって必要かどうかを私だけにあてはめて私個人が判断しただけで、その授業が客観的に優れた授業かクソな内容かなんて偉そうに「評価」したわけでは全くないのですが、やはりあまりわかってはもらえませんでした。それでも、特に高校に上がったときでは、自分が目標とする大学学部なりの入学試験に対応できる程度にまでは知識技能を急速に上げて二次試験時までには自分で追いついていかなければならず、1日24時間の中でどのように自分の時間と能力、興味関心集中を投入するかを考えた場合、平日の授業時間というものをどう有効に活用するかというのは、夜の塾や予備校でので過ごし方より数倍も重要であることは論を待ちません(なので内職しました)。自分にとって、自分という存在(時間と熱意)をどこにぶつけるかを知っておくことは人生を豊かにするために決定的に重要なポイントです。まずは、日本人の特性である同調圧力に引きずられすぎてしまって、「いい子」に座っているだけだけれども自分の時間も人生も浪費しながら授業が終わるのを待っているだけの、そのような教室風景から変えていきたいなと思いました。今日の雑談は以上です。

(2020/03/05)「変化こそチャンス」「逆境こそ挑戦の時」と思えばつらい状況も関係なくなるという課題解決の話をします

おはようございます。 2020年3月の配信記事です。 初めての試みなのですが、昨今の経済情勢や動画情勢?に鑑みまして、今後どういう風にこの「表現」の世界が発展してくか…

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