行政法第3問

問題

Y市では、市内の産業を振興し、雇用を創出することを目的として、市内に一定規模以上の工場や営業所を建設又は増設した企業に対し、建設される工場の規模や従業員数等の客観的な条件を満たし、かつ、申請さえ行えば、無条件で奨励金を支給する旨を内容とする条例(以下「本件条例」という。)を制定した。本件条例によると、工場や営業所を新設又は増設し、事業を開始した以後でなければ、市長に対して奨励金の交付申請をすることはできないとされている。
X社は、製造業を営むものであり、新工場建設には多額の費用がかかるため消極的であったが、奨励金の受給を受けることができれば、採算をとることができると考え、新工場建設計画を立てた。X社は、新工場が完成したので、Y市に対して本件条例の手続に従って奨励金の交付申請書を提出した。
しかし、Y市の財政状況は悪化し続けていたため、各種補助金や助成等の原則廃止を含む行財政改革を公約とした新市長が選挙で選出されていた。X社が奨励金申請書を提出した直後に、新市長の選挙での公約に基づいて、Y市は、本件条例を廃止する新条例を制定し、即日施行した。また、新条例には新条例施行前に工場建設を計画していた者に対する経過措置は一切盛り込まれなかった。そのため、Y市はX社の申請に対しては、申請却下の決定を行い、X社に通知した。Y市の申請却下の決定は国家賠償法上、違法か。

解答 自作最新 2022年7月9日(土)

1 Y市は、新条例に基づき申請却下の決定をしているところ、改正前の本件条例では一定の条件の下で奨励金の交付を行う旨定められているから、これを信頼して工場を建設したX社に対し申請却下の決定を行うことは、信義則(民法1条2項)に反し、国家賠償法上、違法と評価されるか問題となる。
2 確かに、住民自治の原則(憲法92条)からすれば、行政主体が将来にわたって継続すべき施策を決定した場合でも、当該施策が社会情勢の変動等に伴って変更されることがあり、地方公共団体は、原則として、その決定に将来にわたり拘束されるものではない。しかし、当該施策は、特定の者に対して当該施策に適合する特定内容の活動をすることを促す個別的、具体的な勧告ないし勧誘を伴うものであり、かつ、その活動が相当長期にわたる当該施策の継続を前提としてはじめてこれに投入する資金又は労力に相応する効果を生じうる性質のものである場合もある。このような場合には、施策が維持されるものと信頼して施策に適合する活動ないしその準備活動に入るのが通常である。このような状況下においては、たとえそのような勧告又は勧誘に基づいてその者と当該地方公共団体との間に施策の維持を内容とする契約が締結されたものとは認められない場合であっても、当該施策の決定を前提として密接な交渉を持つに至った当事者間の関係を規律すべき信義則の原則に照らし、その施策の変更に当たっては、かかる信頼に対して法的保護が与えられなければならないと解する。
3 具体的には、①特定の者に対して当該施策に適合する特定内容の行動をすることを促す個別的、具体的な勧告ないし勧誘を伴い、かつ、その活動が相当長期にわたる当該施策の継続を前提としてはじめてこれに投入する資金又は労力に相応する効果を生じうる性質のものであり、②そのような勧告・勧誘に基づき活動していた者が社会通念上看過することのできない程度の積極的損害を被るにもかかわらず、③代償措置なく施策を変更した場合には、④それがやむを得ない客観的事情によるのでない限り、施策の変更・中止は、信義則上、当該勧誘を受けた者との関係では国家賠償法上違法となると解する。
4 この点、本件では、①Y市からX社に対する個別的、具体的な勧告ないし勧誘はない。しかし、本件条例では、建設される工場の規模や従業員数等の客観的な条件を満たし、かつ、申請さえ行えば、無条件で奨励金を支給する旨が内容とされている。そうだとすれば、奨励金の支給は、 行政の判断に委ねられるものではなく、事業者には、市内に一定規模以上の工場や営業所を建設又は増設さえすれば、奨励金が支給されるとの信頼が生じるというべきであるから、上記勧告・勧誘を伴うものと同視できる。また、新工場建設には多額の費用がかかるのであるから、相当長期にわたる当該施策の継続を前提としてはじめてこれに投入する資金又は労力に相応する効果を生じうる性質のものであるといえる。次に、②本件条例によると、工場や営業所を新設又は増設し、事業を開始した以後でなければ、市長に対して奨励金の交付申請をすることはできないとされており、だからこそX社は新工場を先に建設したものである。そして、工場や営業所の新設又は増設には多額の費用がかかるが、X社は奨励金の支給を受ければ採算がとれると考えている。にもかかわらず、これが受けられないのであるから、本件条例に従って活動していたX社は社会観念上看過することのできない程度の積極的損害を被るといえる。また、③新条例は制定後即日施行されるものであり、同条例には同条例施行前に工場建設を計画していた者に対する経過措置は一切盛り込まれておらず、代償措置は講じられていなかったといえる。そして、④それがやむを得ない客観的事情によるとみえる事情も認められない。したがって、新条例の制定によるY市の申請却下の決定は信義則に反するといえる。
5 以上より、本件申請却下の決定は国家賠償法上、違法である。
以上(1,652文字)

問題解答音読
解説音声

◁憲法第3問

▷刑法第3問

解答 アガルート

1 Y市は、新条例に基づき申請却下の決定をしているところ、改正前の本件条例では一定の条件の下で奨励金の交付を行う旨定められているから、これを信頼して工場を建設したX社に対し申請却下の決定を行うことは、信義則(民法1条2項)に反し、国家賠償法上、違法と評価される可能性がある。
2 (1) 確かに、住民自治の原則(憲法92条)からすれば、行政主体が将来にわたって継続すべき施策を決定した場合でも、当該施策が社会情勢の変動等に伴って変更されることがあり、地方公共団体は、原則として、その決定に拘束されるものではない。
しかし、当該施策は、特定の者に対して当該施策に適合する特定内容の活動をすることを促す個別的、具体的な動告ないし勧誘を伴うも のであり、かつ、その活動が相当長期にわたる当該施策の継続を前提としてはじめてこれに投入する資金又は労力に相応する効果を生じうる性質のものである場合もある。
このような場合には、施策が維持されるものと信頼して施策に適合する活動ないしその準備活動に入るのが通常であるといえる。
このような状況下においては、たとえそのような勧告又は勧誘に基づいてその者と当該地方公共団体との間に施策の維持を内容とする契約が締結されたものとは認められない場合であっても、当該施策の決定を前提として密接な交渉を持つに至った当事者間の関係を規律すべき信義則の原則に照らし、その施策の変更に当たっては、かかる信頼に対して法的保護が与えられなければならないものというべきである。
(2)具体的には、①特定の者に対して当該施策に適合する特定内容の行動をすることを促す個別的、具体的な勧告ないし勧誘を伴うものであり、かつ、その活動が相当長期にわたる当該施策の継続を前提としてはじめてこれに投入する資金又は労力に相応する効果を生じうる性質のものであり、②そのような勧告・勧誘に基づき活動していた者が社会観念上看過することのできない程度の積極的相害を被るにもかかわらず、③代償措置なく施策を変更した場合には、④それがやむを得ない客観的事情によるのでない限り、施策の変更・中止は、信義則上、当該勧誘を受けた者との関係では国家賠償法上違法となると考える。
(3) ア 確かに、本件では、Y市からX社に対する個別的、具体的な勧告ないし勧誘はない。
しかし、本件条例では、建設される工場の規模や従業員数等の客観的な条件を満たし、かつ、申請さえ行えば、無条件で契約金を支給する旨が内容とされている。そうだとすれば、奨励金の支給は、 行政の判断に委ねられるものではなく、事業者には、市内に一定規模以上の工場や営業所を建設又は増設さえすれば、奨励金が支給されるとの信頼が生じるというべきであるから、上記勧告・勧誘を伴うものと同視できる。また、新工場建設には多額の費用がかかるのであるから、相当長期にわたる当該施策の継続を前提としてはじめてこれに投入する資金又は労力に相応する効果を生じうる性質のものであるといえる(①充足)。
イ 次に、本件条例によると、工場や営業所を新設又は増設し、事業を開始した以後でなければ、市長に対して奨励金の交付申請をすることはできないとされており、だからこそX社は新工場を先に建設したのである。
そして、工場や営業所の新設又は増設には多額の費用がかかるが、X社は奨励金の支給を受ければ採算がとれると考えている。にもかかわらず、これが受けられないのであるから、本件条例に従って活動していたX社は社会観念上看過することのできない程度の積極的損害を被るといえる(充足)。
また、新条例は制定後即日施行されるものであり、同条例には同 条例施行前に工場建設を計画していた者に対する経過措置は一切盛り込まれておらず、代償措置は講じられていなかったといえる(③充足)。 それがやむを得ない客観的事情によるとみえる事情も認められな い(④充足)。
したがって、新条例の制定によるY市の申請却下の決定は信義則に反するといえる。
3 以上から、中請却下の決定は国家賠償法上、違法である。
以上