民法第14問
2022年9月18日(日)
問題解説
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問題
Aは、X所有の甲山林の上部に乙山林を所有する者である。Aは、製造業者Bに対して、その事業から生じる産業廃棄物を有料で乙山林に投棄することを認めた。Aは、Bとその旨を契約する際に、産業廃棄物投棄を前提とした崩落防止設備を乙山林に設置するなどの措置は特に講じることがなかった。Bは、契約に従って乙山林に産業廃棄物を持ち込み、大量に堆積して危険な状態になった。それでもなおBが産業廃棄物を持ち込んだため、ついにその一部が斜面を滑り落ちて甲山林に堆積するに至った。また、甲士地の土壌も汚染され、シアン化合物が検出された。このようにして、甲山林の地価は大幅に下落した。
Xは、A及びBに対して、次の請求を行った。①滑り落ちて甲山林に堆積している産業廃棄物の除去、②シアン化合物の除去による土壌の原状回復、③地価下落を理由とする損害賠償。これに対して、A及びBは、次のように述べて自己の責任を否定している。
A:自分は問題となっている産業廃棄物の所有者ではない。また、Bには甲土地に滑り落ちるような大量の産業廃棄物の投棄を許容していない。
B:自分は、有料で乙土地上に産業廃棄物を投棄しているから、当該廃棄物の所有権はAに移転している。そうでないとしても、自分は、投棄した産業廃棄物の所有権を放棄した。
XのA及びBに対する請求の可否について論じなさい。
(北海道大学法科大学院平成18年度第2問)
解答
第1 ①産業廃棄物除去の請求について
1 XはA・Bに対し、甲山林の所有権に基づく物権的請求(妨害排除請求)としての請求を行うことが考えられる。
2(1) 妨害排除請求は、現に違法な妨害状態を生じさせている者又はその妨害状態を除去することができる者が相手方となる。
本問では、甲山林は、産業廃棄物の堆積によって、妨害状態が生じているので、この廃棄物を除去すべき地位にある、その所有者に対してなすべきこととなる。そこで、廃棄物の所有権の帰属について検討する。
(2) Bは「所有権はAに移転した」と主張しているので、元々の所有権はBに帰属していたと認められる。次に、Bの主張のとおり、この所有権がAに移転したかを検討する。
所有権は当事者の契約により移転する(176条参照)ため、産業廃棄物を有料で乙山林に投棄することを認めるAB間の契約(以下「本件契約」という。)の合理的意思解の問題となる。 本件契約では、産業廃棄物の所有権移転について明示的な合意はない。しかし、廃棄処理業者は、産業廃棄後にまで、所有権を保持する意思はないのが通常である。また、産業廃棄物には、財産的価値がなく、むしろその管理・処分に経済的負担が伴うという特質がある。そうだとすると、本件契約は、Bが対価を支払う代わりに、Aが、Bが乙山林に投棄した産業廃棄物の管理・処分を引き受けるという内容であると解すべきである。
したがって、本件契約は、BからAへの産物についての所有権移転の合意を含むと認められる。
なお、Aは、Bには甲土地に滑り落ちるような大量の産業廃棄物の投棄を許容していないと主張しているが、本件契約にそのような制限があったとはうかがわれないから、この主張は失当である。
よって、本作の廃棄物の所有権はAに移転している。
(3) 以上より、XはAに対して、妨害排除請求をなすべきこととなる。
3 そして、物権は物に対する直接の支配権であるから、 状態が不可抗力によるものであるなどの特段の事情がない限り、原則として相手方の積極的な行為を請求できる。
本問では、かかる特段の事情は認められないので、Aに対して、その費用負担をもって産業廃棄物の除去を請求できる。
第2 ②土壌の現状回復の請求について
1 物権的請求権の効力として、廃棄物によって生じた土壌汚染についての原状回復まで認められるか。
この点について、物権的請求権は物権の効力として、その物の支配の回復のために認められることからすると、物の状態の回復まで請求することはできない。
2 なお、 請求が不法行為に基づくものであったとしても、同様に原状回復までは認められない。原状回復を認めれば、金銭信の原則(722条1項、417条)に真っ向から反することになりかねないし、原状回復には多額の費用がかかることがあり、加害者に酷だからである。
3 したがって、XのABに対する請求は認められない。
第3 ③地下下落についての賠償請求について
1 請求は、不法行為に基づく損害賠償請求(709条)であると考えられる。
2 まず、Aについては崩落防止設縮を設置せず、漫然とBの投棄を継続させ、甲山林に廃棄物が滑り落ちるに至らせた点に過失による違法行為が認められるし、この崩落防止設備の不設置と土壌の汚染による地価の下落という損害には社会通念上相当因果関係が認められる(416条)。
また、Bについても廃棄物が大量に堆積しているにもかかわらず、 漫然と投棄を続け、廃棄物を滑り落ちさせた点に過失による違法行為があり、この産業廃棄物の投棄と土壌の汚染による地価の下落という結果には社会通念上相当因果関係が認められる。なお、上記のように、本件契約上、Bが山林に投棄した産業廃棄物の所有権はAに移転するが、所有権の存否と過失の有無は、必ずしも一致するものではない。したがって、A・Bそれぞれが「過失によって他人の権利又は法律上、 保護される利益を侵害した」(709条)として、XのA・Bそれぞれ に対する不法行為に基づく損害賠償請求が認められる。
3 また、乙山林ないしその付属設備等が「土地の工作物」に当たるとい える場合には、Aが落防止設備を設置しなかったことは、「土地の工作物の設置又は保存に限がある」といえ、それによって生じた損害について、Aに対して工作物責任を追及する(717条1項本文)ことができる。
4 さらに、XはA・Bに対して、共同不法行為(719条1項前段)の 成立を主張して連帯責任を問うことが考えられる。では、「数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えた」といえるか。
本来は、各人の与えた損害につき、それぞれ別個に責任を負うはずである。そうだとすれば、それをまとめて共同して責任を負うものとした点に同条の意義がある。
したがって、同条1項は①各人が不法行為の要件を具備していることを前提としていると解される。
もっとも、被害者保護の観点から「共同」の意義は柔軟に解釈すべきである。すなわち、主観的関連共同性までは要求せず、②客的関連共同性があれば足りると解するのが相当である。
本問では、前述のように①各行為それぞれは①不法行為の要件も満たし、AB間に前記契約関係があることからすれば、②客期的な関連共同性も認められる。
したがって、共同不法行為が成立し、A・Bは全損害について連帯債務を負う。
以上から、XはA・Bに対し、地価下落による損害全顔について連帯責任を問うことが可能である。
以上