刑法第16問
2022年10月7日(金)
問題解説
問題
甲は、Aを殺害しようと考え、景気づけに酒を飲んでから、A宅へ向かった。甲は、A宅内にいたAに向けて拳銃を発射したところ、Aのみならず、その場にいたBにも当たり、Aを死亡させ、Bには全治約1か月の怪我を負わせた。その後、その場にあった Aの財布を手に取り、A宅を出た。
甲は、A宅内に立ち入った時点ではいまだ意識があったが、その後、Aを殺害しBに怪我を負わせるまでの間、飲酒による酩酊状態にあり、心神喪失状態であった。甲の罪責を論ぜよ。
解答
第1 Aに対する罪責
1 甲がA宅内に立ち入った行為は、Aの意思に反する立入りであるから、「正当な理由がないのに、人の住居……に侵入し」たものとして、住居侵入罪(130条前段)が成立する。 2(1) 次に、甲が殺意を持ってAを拳銃で射殺した行為について、「人を 殺した」ものとして、殺人罪(199条)の構成要件に該当する。
一方、甲はAを射殺した時点では心神喪失状態にあるから、39条1項により不可罰となるとも考えられる。
しかし、かかる心神喪失状態は甲自身により引き起こされたものであって、甲には完全責任能力を問うべきである。そこで、そのための理論構成が問題となる。
(2) 責任の前提として責任能力が必要とされている根拠は、犯罪的結果が責任能力ある状態での意思決定に基づいて実現しているときに初めて非難が可能であるという点にある。そうだとすれば、責任能力状態下における意思決定が結果行為まで貫かれており、結果が当該意思決定によって生じた場合には、全体として一個の行為であると認められるから、行為者はその行為全体につ いて責任能力あるものとして責任を負ってしかるべきである。
具体的には、①責任能力状態下の自由な意思決定に基づく意思が連続しており、②原因行為・結果行為・結果に因果関係が認められる場合には完全な責任能力を問うことも可能と考える。
(3) 本件では完全な責任能力状態の下にAの殺害を決意し、その殺意を維持したまま射殺に及んでおり、殺害の意思がA害まで継続していると考えられる(①充足)。また、甲の飲酒Aの射殺行為。Aの死亡との間には因果関係も認められる(②充足)。
したがって、39条1項の適用は排除されるから、甲には殺人罪が成立する。
3(1) 次に、甲はA殺害後、Aの財布を手に取り、A宅を出た点について、強盗殺人罪(240条後段)が成立するとも考えられる。しかし、「暴行」(236条1項)は財物強取に向けられたものである必要があるところ、殺害行為の時点で物取の意思は認められないから、強盗殺人罪は成立しない。
(2) 一方、「他人の財物を窃取した」ものとして、窃盗罪(235条) の成立も考えられる。
もっとも、「窃取」とは他人の占有を排除して自己の占有に財物を移す行為をいうところ、甲が財布を手に取った時点でAは既に死亡しており、Aに占有が認められないのではないか。
確かに、死者には、占有を認めることはできない。占有の意思も事実もないからである。
しかし、自ら被害者を殺害した者との関係では、殺害から財物奪取までの一連の行為を全体的に観察し、生前の占有を侵害するものと評価できる。
甲はAを殺害した直後に財布を取しており、殺害から物事取ま での一連の行為を全体的に観察すれば、甲との関係ではAの生前の占有が侵害されたと評価できる。
(3) 甲には故意(38条1列及び不法領得の意思に欠けるところもないから、Aに対する窃盗罪が成立する。
第2 Bに対する罪責
1 Bに怪我を負わせた行為については殺人未遂罪(203条、199条)が成立し得る。
2(1) 甲は当初Aを殺害する意図を持って拳銃を発射し、結果Bにも怪我を負わせているところ、Bに対する故意も問うことができるか。
(2) 故意責任の本質は犯罪事実の認識によって反対動機が形成できるのに、あえて犯罪に及んだことに対する道義的非難である。そして、犯罪事実は、刑法上構成要件として類型化されており、かつ、各構成要件の文言上、具体的な法益主体の認識までは要求されていないと解されるから、認識した内容と発生した事実がおよそ構成要件の範囲内で符合していれば犯罪事実の認識があったと考えられ、故意が認められると考える。
また、このように故意の対象を構成要件の範囲内で抽象化する以上、故意の個数は問題にならないと解する。
(3) 本件では、AとBは「人」という範囲内で符合しており、構成要件的な符合が認められる。
したがって、本件ではBに対する故意も肯定できる。
(4) そして、甲はAに拳銃を発射した時点において心神喪失状態にあるものの、上記のとおり、甲には完全な責任能力を問うことができる。
3 よって、Bに対する殺人未遂罪も成立する。
第3 罪数
以上より、甲には①A宅への住居侵入罪、②Aに対する殺人罪、③Aに対する窃盗罪、④Bに対する殺人未遂罪が成立し、①をかすがいとして全体として科刑上一罪(54条1項後段)となる。
以上