刑法第23問

2022年11月23日(水)

問題解説

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問題

医者である甲は、甲の妻と不倫をしているAがたまたま自己の経営する病院に入院してきたことから、これを機に、Aを殺害しようと考えた。そこで、甲は、看護師の資格を取ったばかりであって、甲の病院に勤務し始めて間もない乙に対して、「この点滴をAさんに投与してください。」などと言って、毒薬を手渡した。乙は、過去に一度だけ甲の指示に従って点滴をしたことがあったため、今回も同様であろうと考え、これを受け取り、Aの病室へと向かった。乙は、Aの寝ているベッドの脇で点滴をする準備をしていたところ、前日、たまたま医学雑誌で見た毒薬と甲から手渡されたものが合致していることに気が付き、これが毒薬であることが分かった。乙は、これに戸惑ったものの、Aの入院中にセクハラの被害を受けていたことから、この毒薬で殺してしまおうと考え、Aに毒薬を投与し、Aを死亡させた。
その後、乙が、Aの鞄の中を一瞥したところ、Aの財布を発見した。乙は、財布からお金を抜き取っても、誰も分からないだろうと考え、Aの財布から3万円を抜き取った。
甲及び乙の罪責について論じなさい。

解答

第1 乙の罪責
1 乙が殺意をもって毒薬をAに投与して死亡させた行為については、「人を殺した」ものとして、殺人罪(199条)が成立する。
2(1) 次に、Aの財布から現金3万円を抜き取った行為であるが、これには「他人の財物を窃取した」として(235条) が成立する可能性がある。なお、強盗罪(236条1項)の成立余地はない。強盗罪は暴行・脅迫を手段として他人から財物を強取することにその本質がある以上、暴行・脅迫時点において財物奪取の意思が必要だからである。
(2) もっとも、「窃取」とは意思に反した占有移転をいうところ、Aが既に死亡しているため、Aの占有が認められないのが原則であり、したがって、占有移転も認められないのが原則である。死者には、占有の意思も事実もないからである。
しかし、自ら被害者を殺害した者との関係では、殺害から財物奪取までの一連の行為を全体的に観察し、生前の占有を侵害するものと評価できる。
本問では、Aを殺害した乙が、その直後にAの財布から現金を抜き取っているのであるから、一連の行為を全体的に観察すれば、この行為は、Aの生前の占有を侵害したといえる。
(3) したがって、「他人の財物を窃取した」といえ、故意(38条1項)及び不法領得の意思に欠けるところはないから、乙には窃盗罪が成立する。
3 以上より、殺人罪と窃盗罪が成立し、両罪は併合罪(45条前段)となる。
第2 甲の罪責
1(1) 甲は、乙をしてAに毒薬を投与させ、殺害させようとしているが、かかる行為について殺人罪(199条)の間接正犯が成立する可能性 がある。
(2) ここで、正犯とは自らの意思で犯罪を実現し、第一次的な責任を負う者であるから、直接手を下さなくとも被利用者を通して因果経過を実質的に支配し、自己の犯罪事実実現の目的を遂げた者もまた正犯とすることに問題はない。
したがって、行為者が被利用者に対して行為支配性を有していること、他人の犯罪を「自己の犯罪」として実現する意思を有していることの二つの要件を満たす場合には、この者を間接正犯として処罰することができると解する。
(3) 本件では、乙は、Aの寝ているベッドの脇で点滴をする準備をしていたところ、前日。たまたま雑誌で見た毒薬と甲から手渡されたものが合致していることに気が付き、これが毒薬であると分かっている。そして、独自にAの殺害を決意したのであり、甲の乙に対する行為支配性は完全に失われているといえる。
したがって、本件では甲に殺人既遂罪の間接正犯は成立しない。なお、殺人未遂罪の間接正犯も成立しないと考えるべきである。実行の着手時期(43条本文)は、法益侵害の現実的具体的危険性が発生した時点に求められるべきところ、利用者が利用行為を開始した時点では、そのような危険性が認められないからである。
2 一方で、客観的には、甲は、「人を教唆して犯罪を実行させた」ものとして、教唆行為(61条1項)を行っていることになる。
(2) では、関接正犯の故意で、教唆犯を犯した場合、いかに解すべきか。
ここで、 故意責任の本質は犯罪事実の認識によって反対動機が形成できるのに、あえて犯罪に及んだことに対する道義的非難である。そして、犯罪事実は刑法上構成要件として類型化されているから、構成要件該当事実の認識がなければ反対動機の形成可能性がなく、原則として故意は却されるということになる。
ただし、 構成要件に実質的な重なり合いが認められる場合には、その限度で反対動機を形成することができる。したがって、そのような場合には、その限度で故意責任を問うことができると考える。具体的には、認識と事実との間に重なり合いの認められる限度で罪責を負うとすべきである。
そして、間接正犯と教唆犯とは他人を利用して法益侵害の結果を発生させる点に客観面における共通点が認められ、間接正犯の故意は教唆犯の故意を含むというべきである。一方で、間接正犯は教唆犯よりも犯情の点で重い。
したがって、軽い教唆犯の限度で処断するのが妥当である。
(3) 本件でも、甲には殺人既遂罪の教唆犯が成立する。
以上

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