(2020/01/12)2020年中華民国(台湾)総統選挙結果は台湾独立派の蔡英文(ツァイ・インウェン、さい えいぶん)氏が完全勝利を収めました

2020年1月台湾(中華民国)総統選挙結果

おはようございます。

2020年1月の日本にとっても大変重要で注目度の高い、中華民国(台湾)総統選挙が行われました。

結果は、台湾の独立を推進する、蔡英文(ツァイ・インウェン、さい えいぶん)氏が810万票を超える、史上最多得票を獲得し、完全勝利を収めました。

改めて、台湾の基礎知識について書いておきますと、台湾の正式名称は中華民国、これは史上初めて「民主的に」中国が統一された1911年に、かの中国建国の父である孫文を初代総統として成立した、その中華民国の正当な後継国家です。

念のために申し上げておきますと、中華民国は1911年に成立しましたが、その後まもなく、中国共産党による中国革命運動が起き、中国共産党と国民党との内乱を経て、中華民国を奉ずる国民党は台湾に首都を移して抗戦しましたが、1949年、中国大陸部分において実質的に支配権を獲得した中国共産党は、「中華人民共和国」を改めて「建国」して、お互い、2020年の現在に至るのです。

ですので、建国からの年数、歴史でいえば、中華民国のほうが先輩であり、中華民国の公式見解では、今は「仮に」台湾島の台北を首都に置いているが、中国本土もそもそも中華民国の領土である、という姿勢を崩していません。

片や中国共産党が一党独裁を行っている中華人民共和国においても、彼らの公式見解では台湾も含めたところが同国の領土でありまして、かの国にはきちんと「台湾省」という地方行政単位があり、長官も任命されているという具合です。

台湾島のそれ以前は、実は朝鮮半島よりも日本による統治が長く、日本統治時代は1895年 – 1945年の実に50年にも及びます。

1895年4月、日清戦争後の講和会議で調印された下関条約(日清講和条約)により、清国が台湾・澎湖諸島を日本に割譲しました。

そして、日本は、1895年5月、台湾総督府を設置、樺山資紀海軍大将を初代総督に任命し、植民地統治を開始した。

続く、児玉源太郎第4代総督(1898年 – 1906年)のもとで後藤新平が民政長官に就任し、土地改革、ライフラインの整備、アヘン中毒患者の撲滅、学校教育の普及、製糖業などの産業の育成を行うことにより台湾の近代化を推進します。

こうした、「記憶」が台湾の人々に残った結果、台湾における親日度は周囲に比べて格段に高く、2011年の東日本大震災における台湾からの義援金は、他の国を圧倒して多かった、という話もあります。

このように、台湾と中国本土は、明らかに清国時代から別々の道を歩んできたことから、もはや国の形として再統一することは難しい状況になってきており、特に中国本土にもう一度取り込まれたい、と思っている台湾の人はかなり少なくなっていることが示されました。

これは、結構大変な道でもあります。

寄らば大樹の陰、とも言いまして、とにかく旧宗主国である清朝以前までさかのぼれば、台湾はあきらかに中国の歴史の中に居たわけであり、たかだか130年程度別の道を歩んだからといって、民族の記憶が一気になくなるわけではないのですが、台湾の人々はあえて「台湾共和国」とでもいうべき、独自の国家形成の道を歩み始めたといって間違いないでしょう。

ここは、はるか2000年前から中国大陸とは独立して国家形成を行い、延々と独自路線で営んできた日本列島に住む我々の感覚にはない、ものすごい葛藤があるはずです。

元は同根、ご先祖様は一緒、という同じ民族であるという、その同胞意識とプライドとの戦いになるのです。

それでも、台湾の人々は、独立を続けるという道を選びました。

もともと「同じ国」であった日本からすれば、これは全力で支援すべきところです。

このまま、環太平洋TPP(経済協定)を梃子にした、日米英台豪印、という、海洋国家連合による、ロシアや中国といった覇権大陸国家への対抗軸ができるといいと考えています。

台湾が、中華民国建国当時からの「中国大陸も含めた台湾側からの再統一」という(現実的には難しい)国家としての理想を尊重しつつ、どう現実的な台湾再独立へ向けた布石を打っていくのか、蔡英文(ツァイ・インウェン、さい えいぶん)総統には、「国造り」という重い責務が課せられることになります。

もう一つ、台湾については、李登輝先生という、筆者が同窓の大学卒業生の中で最も尊敬している先輩がおられます。

李登輝先生は、国民党の蒋経国を副総統として補佐し、その死後は後継者として中華民国の歴史上初めての民選総統となった先輩です。

そんな自由の校風を売りにしているはずの京都大学も、この大学が輩出した卒業生の中で一等有名かつ素晴らしい人物である李登輝先生(元台湾総統)が里帰りして母校を訪問しようとしたところ、中華人民共和国の「意向」に忖度して学内に入れなかったという事件があった時には、そんな了見の狭い大学だったのかととても残念に思ったものです。

私が学長であれば、卒業生の中で最高度に誇るべき李登輝先生は、学長自ら正門の時計台の前に出迎えてお招きしたいところです。

大学の自治とか独立性とか学問のなんちゃら、とか普段偉そうに言う割に、その卑しい態度(ダブルスタンダード)を改めよと痛切に思ったものです。

台湾の今後に、大いに注目していきたいと思います。

こちらからは以上です。

(2020年1月12日 日曜日)

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