明治維新みたいな大きなことを好む人の実際はそうではない「傾向」について(2021/03/06)

▼少年よ大志を抱けなどと言われますが、例えば大志が必要であったと誰もが認める明治維新についても、そのほとんどの活動は、地道な泥臭い調整業務や現実とのギャップに苦しんだいさかいや争い事やその仲裁などであったことがほとんどです。この点、この手の大プロジェクト、明治維新のような大きなことを好む人のうちの多くは、実は坂本竜馬や高杉晋作といった「遠大な理想論をぶちあげつつ志半ばで倒れた人」が好きなだけで(でも自分は絶対にそういうことはやらない)、伊藤博文や板垣退助といった「その理想と現実のギャップに苦しみながら泥臭く明治維新を作り上げた人」を好いてない、むしろ嫌いだ、先に倒れた坂本龍馬や高杉晋作、久坂玄瑞といった「偉大な」先人たちに比べて人物が劣るという評価を下しているという段階で、実際の維新みたいなことはこういった人達(筆者を含む)には絶対に出来ないなと思ってしまうわけであります。

▼つまり、若くして志を立て、そして、壮年老境にあっても、その志に沿った実際の地道なものを含む活動をし続けられる人が強いと思うわけです。もちろん、若いというのは絶対年齢のことをいうのではなく、心の持ちようを言います。当時の平均寿命を超えた58歳で仕事を引退してから本当にやりたい暦と星の勉強を始めてあの大日本地図を作り上げた筆者筆者個人偉人ランキング(マーズランキングではない)第2位の伊能忠敬先生の事例もあります。理想と現実のギャップを苦しみながらも埋める努力を、いくつになってもあきらめめない、そんな心の若い、幼稚でもないそんな大人になりたいと思っています。そのために必要なのは、大志を立ててから流れる太い時間軸です。その点お金ではないことは断言できます。個人的意見ですが。

▼この点、筆者が好きな銀河英雄伝説という小説でも、主人公たち含めた登場人物はことごとく若くして死にます。皆殺し作家などと呼ばれる田中芳樹先生の真骨頂だと思っています。その後の長い平時の復興については、各人それぞれの物語に委ねられるということで、大きな叙事詩を完結させています。

▼最後にもう一つ、明治維新や戦国時代、キングダムの春秋戦国時代のような血塗られた血湧き肉踊る世界や時代を好きな人に限って、なぜか現在における些末なことをことさら陰から批判するように思えてなりません。小さな頃から悪ガキで15で不良と呼ばれたり、盗んだバイクで走り出していた昭和世代などより、小さい頃から優等生な「うっせぇわ」、なんて、よほど穏やかなんじゃなかろうかと思います。

アーカイブ
全記事一覧