いくつになっても勉強が大切だと考えるたった一つの理由(2021/04/24)

crop person with seashells on beach
無料写真サイトから拾ってきました

▼何となく映えるブログ記事タイトルをつけてしまいました、らしくない振る舞いの筆者ですが、世の中を広く深く、そして批判的に見るためには、生涯を通じた学習が必要だと信じています。そして、そのスタイルは教えてもらうということではなく、自ら選び取って学んでいく態度になければなりません。もちろん、野球でもバスケでも、漫画でも文章でもブログでも、旅行代理業でもコンサルタントでも弁護士でも医者でも、この分野を学びたいということが明確になればなるほど、専門性に特化した学び舎を自ら選び取り、その学び舎への登竜門=試験に臨んでいくというスタイルがとられることになりまして、ある意味受験勉強なんていうものは、当たり前にそのようにして成立するシステムなのです。打席に入る勇気がないのにイチローになりたいと述べる人より、一日2000回バットを振ると宣言した覚悟を示し、その能力を身体的にも人格的にも示したもののみが、令和の今なら大阪桐蔭学園高校野球部への門を叩けるでしょうし、プロ野球で少なくとも3年間、人里離れた二軍球場で、ただひたすら生活全てを野球に捧げる覚悟と能力を示したものにしか、プロ野球球団ソフトバンクホークスへのドラフト入団はかなわないでしょう。

▼他人は、このような、部活動的受験模様や結果をことさらに煽り立てますが、実は大切なのは、そのような学び舎に入ってからの振る舞いです。あそこの卒業生は極めて優秀だ、といわれるような学び舎に学び、そして立派に育ち、卒業生なりその門を巣立ったものが、世の中に唯一無二のインパクト(筆者はよく爪痕という言葉を使いますが)を与えるようになれば、その学び舎自体の価値や評判が高まります。その意味で、入る選抜試験が一番むずかしい試験となってしまっている、たとえば日本においては東京大学学部入試とか、国家公務員上級職試験とか、そういうの自体が悪いわけではなく、その門をくぐったものを更に鍛える場が用意されるべきなのではないかと考えています(国会待機の長時間労働ではなくて)。つまり、東大はいったからすげえ、というのでなく、彼らを有職故実のテレビ出演させてコンテンツ化させて満足させるだけではなく、国民一派は大いに期待し、そこからさらに切磋し、ぎりぎりまで能力を鍛え上げてもらいたいと期待することなのです。だいたい、18歳時点での有職故実試験合格結果が人生のピークなど、つまんないだけではないでしょうか。東大受けてないから知りませんけど。

▼それでも、教育というものが唯一人類を前に進め、さらに個々人の人生を豊かにするビクトリーロードであることは間違いないと思っています。プロ野球選手になれただけで満足するのではなく、その上を目指し続けるのと一緒です。そして、残念ながらほとんどの人間は、その分野でいける上限までにじき到達します。しかしそれはそれでいいわけです。自分の人生をその分野にぶっこんで大いに粗末に使った、行けるところまで挑んだ、それが爽快感や満足感を生み、不思議なことにそこまで培った経験なり知恵なりが次の活力になっていきます。世界が広がるということなのでしょう。そして、その壮年からシニアにかけてどのように自らと向き合って勝負していくか、の途上にあったとき、若い人たちに道を示し、励まし、かつ自らも進歩しつづける、めんどくさいけど切れのよい、わりと爽快なおっさんやおばさんになっておくことは、非常に大切だと考えております。年を取ると、どうしても考えが固定化され、新しいものやコンテンツを敬遠していくことになり、あげく、最近の若いもんは、というお決まりのフレーズで若者から遠ざけられます。そのような残念な状況にならないように、勉強を続け、そして自分より年の若い上司や師匠について、謙虚に学び続けると、筆者歴史偉人ランキング(マーズjランキングではない)堂々2位に輝く江戸時代の伊能忠敬(いのうただたか)先生のように、58歳で上京、19歳下の師匠に天文学を教えてもらい、73歳まで日本全国を歩きとおして測量して大日本沿海輿地全図(だいにほんえんかいよちぜんず、正式名称)を世に放ち、後世の世界の帝国イギリスをして、こんな精緻な地図は見たことないと感嘆、脱帽されることになるのです。

▼筆者の死んだじいちゃんは19歳で高校卒業後、志願兵となり太平洋戦争に従軍しました。復員してすぐ働きはじめましたから、勉強できなかった、残念だったと常に言っていました。死んだばあちゃんは、床屋の修行に入り、一生懸命手習いをして覚えたそうで、こちらも高等教育をもっと受けたかったと言っておりました。世界最強帝国アメリカをして、その国と昭和の初期、ガチで太平洋をまたにかけて戦った我々のご先祖様が、それだけで凄いと思うのにやっぱり勉強したかったと孫の筆者に語ったのは、やっぱり人間が人間として責任を持って生きて死ぬためには勉強が必要であるということなのでしょう。勉強、というのは心身ともに鍛えることであり、単に書物を読むとか演習が上手とか試験の問題を解けるとかいう、そういうことを超えた全人格的陶冶、教育です。

▼かつての日本には時代の節目節目に、そのような全人格的教養を施す組織や仕組みがたくさんありました。筆者歴史偉人ランキング(仮:マーズランキングではない)暫定第3位の幕末に生きた吉田松陰先生は、松下村塾という町のゴロツキを集めたテロ組織(失礼!)を組織し、彼らと日本の行く末を一緒に学び考え議論しました。この松下村塾の塾生の双璧の一方の高杉晋作のそのまたさらに弟子の伊藤博文という人が、初代内閣総理大臣となり、現在の菅ちゃんは99代目です。日本は昔からそんな国なのです。初号機が伊藤博文ならば、零号機が高杉晋作、そして吉田松陰先生はさしずめ思想的造物主といったところでしょうか。単に、偉いとか凄いとかではなく、そのような人の流れがつながって今があるということをもう少し知っておいたほうが、日々の生活も豊かになり、軸が通った人生を歩めるのかもしれません。

▼繰り返しますが、やっぱり、このようなことを理解するための俯瞰した視点を持つため、一定の教育や教養が必要であることは論を待たないのでありまして、よい大学にいって、よい企業にはいるのだけが人生ではない!とか言う心地よいけど無責任な他人の発言を鵜呑みにして、どう考えてもぶっちぎりで一番よい人生をおくれる可能性が高い生涯学習をおろそかにするような残念な子供や大人にならないようにしたいものです。その意味で、自分の子供や近所の子供に勉強せえと言ってこうした安牌早上がりの進路を強制するのも愛情のひとつではあります。よっぽどでないかぎり一般早上がりルートから外れて大きく巻き返せるほどの才能は、筆者を含むほとんどの人にはないものと心得たほうが良いです。もちろん、大人になっても勉強は続きます。個人的意見ですけど。だいたい、このようなことは大人になって世の中に揉まれれば少しずつ分かってくるのですが、今の令和の世の中は、優しすぎる国や地方公共団体、優しすぎていつまでも家から子供を出さない親と寄りかかる子供が多いようで、なかなか難しいところなのかもしれません。こうした界隈から「もっと支援の手を」みたいな心地よい言辞が流れてきたら気をつけたほうが良いと思います。かれらは知識技能知性ではなくて、欲しがっているのはおカネの一点であることが多いと思います。このようなことを全国の子供達にどのように伝えたら良いものか悩むところです。

▼いつも突然終わりますが今日の記事はここまでです。1位が気になる?それは適当に検索してお探しください。では、今日も元気に通常運転で参りましょう。

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