憲法第1問
問題解説解答
憲法第1問 問題
Xは、昭和34年、K国籍を有する父及び母の長女として日本において出生したK国民である。Xは、日本とK国との間で締結された協定(以下「本件協定」という。)に基づき、日本での永住資格を取得し、日本での生活を続けている。本件協定に基づき、永住資格を得た者は、退去強制事由が限定されるほか、生活保護及び国民健康保険に関する事項について、日本国民と同等の取扱いがなされるなど、他の外国人とは異なる処遇を受けることができる。
昭和57年当時、日本に在留する14歳以上の外国人は、外国人登録法に基づき、3年に1度の指紋の押なつが義務付けられていた。指紋押なつ制度は、本邦に在留する外国人の登録を実施することによって外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ、もって在留外国人の公正な管理に資するという目的を達成するため、戸籍制度のない外国人の人物持定につき最も確実な制度として規定されたものである。
当時、指紋押なつ拒否運動が全国的な広がりを見せており、指紋押なつを拒否する外国人が増加していたため、指紋押なつ拒否者に対して原則として再入国の許可を与えない方針が打ち出されていた。なお、出入国管理及び難民認定法によれば、再入国の許可を受けて本邦から出国した外国人に限って、当該外国人の有していた在留資格のままで本邦に再び入国することができると解されている。
Xは、14歳に達した際の指紋の押なつには応じたものの、その後の押なつは拒否しており、昭和58年には、外国人登録法違反として有罪判決を受けた。しかし、Xは、その後も指紋の押なつを拒否し続けている。
Xは、日本において義務教育課程を経て私立の高等学校を卒業後、大学及び大学院で音楽研究(ピアノ専攻)を続けていたが、A国においてさらなる学問研究をするため留学目的での出国を計画し、昭和61年5月30日、出国に先立ち、再入国許可申請をした。しかし、法務大臣は、外国人登録法違反の状態が依然として継続し、しかも、翻意の可能性が認められないことを理由として、Xの申請に対する不許可処分(以下「本件 不許可処分」という。)をした。
そのため、Xは、本件不許可処分の取消しを求めて出訴した。この訴訟に含まれる憲法上の問題点について、論じなさい。
【資料】出入国管理及び難民認定法(昭和26年10月4日政令第319号)(抜粋)(再入国の許可)第26条 法務大臣は、本邦に在留する外国人(中略)がその在留期間(中略)の満了の日以前に本邦に再び入国する意図をもつて出国しようとするときは、(中略)その者の申請に基づき、再入国の許可を与えることができる。(以下略)2~7 (略)
憲法第1問 解答 2022年6月25日(土)
第1 再入国の自由
1 本件不許可処分は、Xの再入国の自由を侵害し、憲法に反するのではないか問題となる。再入国の自由は、日本国民が外国へ一時旅行する自由として、外国に移住する自由(22条2項)に含まれると解されるため、かかる自由が日本での永住資格を持つ外国人であるXにも保障されるか問題となる。
2 まず、外国人にも人権享有主体性が認められるか。憲法第3章には国民の権利及び義務と表示されていることから問題となる。この点、人権とは前国家的性格を有するものであり、国際協調の精神(98条2項)からしても、外国人の人権享有主体性は認められる。しかしながら、あくまで日本国民を対象とする憲法の規定に鑑み、外国人に対し日本国民と同様の保障を及ぼすことはできず、権利の性質上日本国民のみをその対象としているとされるものを除き、我が国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解する。
3 では、在留外国人に再入国の自由は認めらるか。この点、そもそも外国人には入国の自由が認められない。自国の安全と福祉に危害を及ぼすおそれのある外国人を立ち入らせない自由は、国際慣習法も確立されている。そうだとすれば、入国の自由と同様、再入国の自由についても外国人には保障されていないと解するのが原則である。Xについては、日本における永住資格を有するものの、あくまで法務大臣による裁量に服するものであり再入国の自由は一線を画する。したがって、本件不許可処分は、外国に移住する自由(22条2項)に反しない。
第2 指紋押なつを拒否する自由
1 もっとも、Xは、指紋押なつの拒否を理由として、本件不許可処分を受けたものである。個人の自由(13条)は、人格的生存に不可欠なものとして、国家権力の行使に対して国民の私生活上の自由が保護されることが保障されていると解する。よって、かかる自由の一類型として、何人もみだりに指紋の押なつを強制されない自由を有するといえる。国家機関が正当な理由なく指紋の押なつを強制することは、その性質上、日本国民に限らず我が国に在留する外国人にも等しく及ぶと解する。
2 しかし、再入国の許可にあたっては、単に再入国の許可を与えることができる(出入国管理及び難民認定法26条1項)と規定するのみで、具体的許可基準について特に規定していない。また、法務大臣は、再入国の許可申請があったときは、我が国の国益を保持し出入国の公正な管理を図る観点から、申請者の在留状況、渡航目的、渡航の必要性、渡航先国と我が国の関係、内外の諸情勢等を総合的に勘案した上、その許否につき判断すべきである。そして、この判断は、事柄の性質上、出入国管理行政の責任を負う法務大臣の裁量に任せなければ到底適切な結果を期待できない。日本国民の正当な地位を守るためにも、外国人には、法務大臣がその裁量により再入国を適当と認めるに足る相当の理由があると判断する場合に限り、再入国の許可を受けることができると解する。したがって、再入国の許否に関する法務大臣の処分は、その判断が全く事実の基礎を欠いており、又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限り、裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったとして違憲となる。ただし、本問においては、日本での永住資格を取得している者との関係で、退去強制事由が限定されており、生活保護及び国民健康保険に関する事項について、日本国民と同等の取扱いがなされているなど、特別の地位が与えられていることに鑑み、そうした者の我が国における生活の安定にも一定の配慮を要すると解する。
3 この点、再入国の許可を受けて我が国から出国した外国人に限り、当該外国人が出国の際に有していた在留資格のまま我が国に再び入国することができることからすれば、本件不許可処分により、Xは、永住資格を保持したまま留学を目的としてA国へ渡航することが不可能となる。これは、事実上永住資格を保持するために渡航を断念するか、又は渡航を実現するために永住資格を失う状況に陥ったものといえ、本件不許可処分によってXが受けた不利益は大きい。
4 しかしながら、外国人登録法が定める指紋押なつ制度は、外国人の居住関係及び身分関係を明確にし、在留外国人の公正な管理に資する目的を有し、戸籍制度のない外国人の我が国における人物特定につき最も確実な制度として規定され確立されてきたものである。さらに、法務大臣が指紋押なつの許否を出入国管理行政にもたらす弊害に鑑み、指紋のの押なつ拒否を再入国許可申請にあたって考慮することは許される。さらに、本件不許可処分がなされた当時、指紋押なつ拒否運動が全国的な広がりを見せており、そうした社会情勢の下で、外国人の在留資格についてある程度の統一的な運用を行ったことはやむを得ない。また、Xは指紋押なつの拒否を理由に有罪判決を受けた後も、指紋押なつの拒否を継続しており、翻意の可能性もないと判断される。以上より、本件不許可処分にかかる法務大臣の判断は、社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるとはいえず、裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったとはいえない。
5 以上より、本件不許可処分は、個人の自由(13条)に反せず、合憲である。
以上(2,155文字)