刑法第1問

問題

妻Xと夫Yは、長男Aが生まれて間もなく離婚し、Xが親権者として1人でAを育てることになった。親権を失ったYは、一人暮らしをしていた。やがてXは育児に疲れ、YにAを育ててもらおうと思い、Yの帰宅時間前に道路からは見えないY宅の勝手口付近に生後3か月のAを無断で置いて立ち去った。Yは、帰宅してすぐにAに気付いたが、子どもの面倒を見るのが煩わしかったので、Aが死亡してもかまわないと思いながらそのまま放置した。翌日、Aが家の外に寝かされているのを隣家の2階から偶然見かけて不審に思った隣人の甲がY宅を訪れたが、Yが不在だったため、甲は勝手口付近でぐったりしていたAを病院に運び、これによりAは一命を取り留めた。X及びYの罪責を論ぜよ。
(同志社大学法科大学院 平成17年度)

刑法第1問 解答 2022年6月27日(月)

第1 Yの罪責
1 Yは、Y宅の勝手口付近に生後3か月のAがいることに気付いたが、子どもの面倒を見るのが煩わしかったので、Aが死亡してもかまわないと思いながらそのまま放置している。かかる不作為という幼年者保護という作為義務の放置について、殺人未遂罪(203条、199条)の成立が考えられる。
2 まず、殺したという作為の形で規定された殺人罪という犯罪類型について、不作為による実行行為が認められるか問題となる。この点、実行行為は犯罪の結果発生の現実的危険を有する行為である。そして、かかる結果発生の危険を不作為によって実現することは可能である。したがって、不作為による行為として実行行為性を認めることができるが、かかる犯罪類型である不真正不作為犯の構成要件は法律上明示されていない。この点、要件を明確にして限定しなければ処罰範囲がいたずらに拡大し、刑法の自由保障機能を害する。そこで、不真正不作為犯の成立は、不作為の行為に、実際に行為によって当該構成要件による結果を発生させることと同価値といえる程度の不作為を要すると解する。具体的には、①行為者に、法令・契約・事務管理・先行行為たる危険創出行為・危険の引受け・排他的支配・社会継続的な保護関係等の有無といった事情を総合的に判断した作為義務が認められることが必要である。また、②法は不可能を強いるものであってはならず、不作為の撤回して構成要件的結果回避の可能性も要すると解する。
3 本件では、Yはすでに親権者ではないから、法令上の看護義務は認められない(民法818条1項、820条)。しかし、Aが放置されたのは、道路から見えず、他人が容易に入ることができないY宅の勝手口付近であった。よって、Yは因果経過を具体的現実的に支配していたといえ、排他的支配の設定が認められる。かかる事情に鑑みるに、この場面でAを救えるのはYしか考えられない。この点、確かにAを放置したのはXであるが、他人Xによる事情の設定とはいえ、自己の子でもある生後3か月に過ぎないAを保護できる状況にあったのはYのみであった。そして、Yにとっては、Aをそのまま病院に搬送するなど、Aの生存に必要な保護を与えることは容易であったといえ、このような代替作為の可能性と容易性をからすれば、排他的支配の設定が自己の意思によるものでなくても、作為義務を認められる。したがって、①YにはAに必要な保護を与えるという作為義務が認められる。そして、②Yにとって、Aに必要な保護を与えるという行為をなすことは可能で容易であるといえる。
4 続いて、不作為犯における実行の着手(43条本文)は、作為義務違反の不作為が始まっただけでは足りず、結果発生の危険性が相当程度高まった時点において認められると解するところ、Aの生後3か月という年齢を考えれば、Aは放置されただけで、生命侵害の危険性が格段に高まったといえる。もっとも、YがAの存在を認識するまでは故意(38条1項)が認められないが、Aを認識し、Aが死亡してもかまわないと考え放置するという不作為の実行行為を行った時点で殺人罪(199条)の実行の着手が認められる。したがって、Yには殺人未遂罪(199条、203条)が成立し、故意が認められ、有責である。
第2 Xの罪責
1 YがYの勝手口付近に生後3か月のAを無断で置いて立ち去った行為について、保護責任者遺棄罪(218条前段)の成立が考えられる。まず、Aは生後3か月であり幼年者に当たる。また、XはAの親権者であり、法令上子であるAに対する観護義務を負う。よって、Xは、幼年者を保護する責任のある者に当たる。次に、XはAをY宅前に放置しているが、遺棄に作為形態である移置が含まれることは当然であり、遺棄したことに当たる。また、成人Xには遺棄した旨の認識もあり、故意が認められ、有責である。
2 よって、Xには保護責任者遺棄罪(218条前段)が成立する。
第3 XとYの共犯の成否
1 Xには殺人未遂罪、Yには保護責任者遺棄罪が成立するが、XY間に意思連絡は認められず、共同して犯罪を実行した(60条)とはいえず、共犯は成立しない。
2 よって、XYそれぞれに、単独犯が成立する。
以上

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