刑法第2問

問題

 甲は、深夜、ドライブをしていたところ、差しかかった左右の見通しのきかない交差点の信号が黄色の点滅を示し徐行が必要であったものの、この辺りではこの時間帯にはまず車は来ないだろうと思って、信号を無視し何ら減速せず自足40キロ程度で交差点に進入した。一方、Aはバイクを運転して交差道路を進行していたが、対面の信号が赤色を点滅し一時停止を命じているのに一時停止しないばかりか時速70キロで同交差点に進入した。そのため、甲の乗用車とAのバイクが衝突し、Aは重傷を負った。もっとも、仮に甲が徐行義務を守っていたとしても、衝突を回避し得たかは、状況からして疑問であった。
 甲は、とっさに人に見られることを恐れ、Aを自車に収容し走り出したが、病院に連れて行こうかどうか迷いながら1時間ほども走行するうちに、Aがぐったりし、意識なく、頬をたたいても反応がないので、早晩死ぬと思った。そこで、甲は、Aを道路沿いの崖下に投げ捨てた。Aは、たまたま遠くから様子を目撃したBによって救出されて病院に運ばれ、懸命の手当のかいあって一旦は回復の途にあったが、衝突の際の傷や崖下に投げ捨てられたことによる傷がそれぞれ深刻なものだったのに加え、医師の絶対安静の指示に大きく背いたことが災いし、結局死亡してしまった。
 以上の事例における、甲の罪責を論ぜよ。自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律を除き、特別法違反については触れなくてよい。
(中央大学法科大学院 平成19年度 改題)

解答 2022年7月3日(日)

第1 過失運転致死罪の成否
1 甲は自動車を運転中、黄色の点滅信号を無視して徐行をせず、時速40キロメートルで交差点に進入し、Aと衝突し障害を負わせている。その後、Aはこの際に負った障害等が原因となって死亡している。そこで、甲の行為は、自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死亡させたとして、過失致死罪(210条)、及び過失運転致死罪(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律5条)の構成要件に該当することが考えられる。
2 もっとも、本件は仮に甲が徐行義務を守って交差点に進入したとしても、Aとの衝突を回避できたかは疑問である。そこで、必要な注意を怠ったといえるか、過失犯の構造から問題となる。この点、構成要件の犯罪個別化機能に鑑み、構成要件段階で故意犯と過失犯の区別がなされることが望ましい。そして、過失とは予見可能性を前提とする予見義務及び結果回避可能性を前提とする結果回避義務を本質とすると解する。
3 本件では、Aが一時停止を命じる信号を無視し、深夜、左右の見通しのきかない交差点に時速70キロメートルで進入するとの危険な走行状況があり、甲が徐行義務を守っていたとしても、衝突を回避し得たかは疑問であった。このような場合、利益原則(刑事訴訟法336条)から、甲が徐行義務を守っていたとしても、衝突を回避し得なかったものと解する。よって、本件については甲は結果回避可能性を欠いており、それを前提とする結果回避義務も認められない。
4 以上より、甲は過失の内容である必要な注意を怠ったといえず、甲に過失致死罪(210条)、及び過失運転致死罪(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律5条)は成立しない。
第2 殺人罪の成否
1 甲は交通事故に遭い瀕死の状態にあるAを認識したうえで、あえて崖下に投げ捨て、結果としてAは死亡した。かかる行為は、人の死の現実的危険性を伴う行為であって、甲は人を殺したものとして、殺人罪(199条)が成立すると考えられる。もっとも、Aが医師の指示に背いたこととあいまってAの死の結果が生じている。そこで、甲の構成要件行為とAの死という結果の間に因果関係があるか問題となる。
2 この点、刑法の因果関係とは、当該行為が一定の結果を引き起こした原因と評価でき、犯罪として評価を加えることが可能である程度を要する。そして、因果関係の存否は、当該行為が内包する危険が結果において現実になったという観点から判断され、具体的には、行為者の行為の危険性と介在した事情の結果発生への寄与度を中心に総合的に判断する。
3 本件甲の行為は、交通事故によって既に重傷を負っている意識のないAを崖下に投げ捨てるというものであり、Aの死の危険性を極めて高めている。衝突の際の傷及び崖下に投げ捨てられた傷はそれぞれ命を奪うほど深刻であった。この点、確かに、Aが高度な医療技術を有する医師の指示に背いたことがAの死の一因とはなっているものの、Aの行動は当該甲の行為による生命の危険が大きく残存している中、単に危険の減少を積極的に行わなかっただけに過ぎない。よって、Aの医師に対する非協力的態度によって、当初の甲の行為によって生じた結果発生の危険を大きく上回る新たな危険性が生じたものではないと解する。従って、Aの死の結果は、甲の行為による危険が現実になったと評価でき、甲の行為とAの死の結果との間の因果関係が認められる。
4 以上より、甲の行為に殺人罪(199条)が成立する。
以上(1,461文字)

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