行政法第9問

2022年8月18日(木)

問題

次の事案を読んで、末尾の問いに答えなさい。食品製造販売を業とする会社であるA社は、発がんリスクを低減するとされる物質Bを用いた食品Cを売り出すことになった。そして,物質Bを定期的に服用すると発がんリスクが低減するとのデータ等を揃えて、健康増進法43条に基づく特別用途表示許可を、消費者庁長官(同長官は、健康増進法69条3項により内閣総理大臣の権限を委任されている)に申請し、これを得た。
特別用途表示をした製品については、高品質であるとのブランドイメージの形成と高価格での販売が期待される。そこで、A社は多額の投資をして、食品Cの製造ライン建設や宣伝を行った。
ところが、その後、最新の医学ジャーナルで、物質Bを服用し続けても発がんリスクに変動はないとの実験結果が紹介され、消費者庁はこのデータに基づき、A社に対する特別用途表示許可の取消しをするべきかどうかの検討に入った。A社の担当者をして、最新の知見によると物質Bに発がんリスク低減の効果があるかどうかに疑いがあることを指摘したところ、A社からは、特別用途表示許可申請時に提出した当初のデー タと、当該最新データとは実験の前提条件が異なるから、同社提出の当初のデータに基づき物質Bにはなお効果が認められるはずであるとの回答があった。
(1)仮に消費者庁長官が、A社に対する特別用途表示許可を取り消そうとする場合、どのような手続を踏む必要があるか。条文上の根拠があればそれも答えなさい。
(2)仮に消費者庁長官が、A社に対する特別用途表示許可を取り消した場合、当該取消しを違法と主張するためにA社はどのような指摘をすることが考えられるか。(1) で答えた点を除いて、検討しなさい。
【参照条文】
O 健康増進法(抜粋) 第1章 総則 (目的) 第1条この法律は、我が国における急速な高齢化の進展及び疾病構造の変化に伴い、国民の健康の増進の重要性が著しく増大していることにかんがみ、国民の健康の増進の総合的な推進に関し基本的な事項を定めるとともに、国民の栄養の改善そ の他の国民の健康の増進を図るための措置を講じ、もって国民保健の向上を図ることを目的とする。
第6章 特別用途表示、栄養表示基準等 (特別用途表示の許可) 第43条販売に供する食品につき、乳児用、幼児用、妊産婦用、病者用その他内閣府令で定める特別の用途に適する旨の表示(以下「特別用途表示」という。)をしようとする者は、内閣総理大臣の許可を受けなければならない。2 前項の許可を受けようとする者は、製品見本を添え、商品名、原材料の配合割合及び当該製品の製造方法、成分分析表、許可を受けようとする特別用途表示の内容その他内閣府令で定める事項を記載した申請書を内閣総理大臣に提出しなければな らない。3~5 (略) 6 第1項の許可を受けて特別用途表示をする者は、当該許可に係る食品(以下「特別用途食品」という。)につき、内閣府令で定める事項を内閣府令で定めるところにより表示しなければならない。 7 内閣総理大臣は、第1項又は前項の内閣府令を制定し、又は改廃しようとするときは、あらかじめ、厚生労働大臣に協議しなければならない。 (特別用途表示の許可の取消し) 第62条 内閣総理大臣は、第43条第1項の許可を受けた者が次の各号のいずれかに該当するときは、当該許可を取り消すことができる。 一 第43条第6項の規定に違反したとき。 二 当該許可に係る食品につき虚偽の表示をしたとき。 三 当該許可を受けた日以降における科学的知見の充実により当該許可に係る食品について当該許可に係る特別用途表示をすることが適切でないことが判明するに至ったとき。 (権限の委任) 第69条この法律に規定する厚生労働大臣の権限は、厚生労働省令で定めるところにより、地方厚生局長に委任することができる。 2 前項の規定により地方厚生局長に委任された権限は、厚生労働省令で定めるとこ ころにより、地方厚生支局長に委任することができる。 3 内閣総理大臣は、この法律による権限(政令で定めるものを除く。)を消費者庁長官に委任する。 4 消費者庁長官は、政令で定めるところにより、前項の規定により委任された権限の一部を地方厚生局長又は地方厚生支局長に委任することができる。 5 地方厚生局長又は地方厚生支局長は、前項の規定により委任された権限を行使したときは、その結果について消費者庁長官に報告するものとする。
第9章罰則 第72条 次の各号のいずれかに該当する者は、50万円以下の罰金に処する。
二 第43条第1項の規定に違反した者
(神戸大学法科大学院 平成24年度 小間(2) 改題)

解答

第1 小問(1)について
消費者庁長官によるA社に対する特別用途表示許可の取消し(以下 「本件処分」という。)は、法令に基づき特定の者を名あて人として直接に権利を制限するものであり不利益処分に該当する(行政手続法(以下「行手法」という。)2条4号、健康増進法(以下「法」という。)62条3号、69条3項)。
2 行政庁は、不利益処分をするに先立ち、まず処分基準の設定とその公表をする努力義務を果たす必要がある(行手法12条)。
次に、不利益処分の中でも本件は許認可の取消しであるから、名あて人たるA社に対して意見陳述の機会として聴聞を開催する必要がある(行手法13条1項1号イ)。
そして、消費者庁長官は不利益処分に関して理由を提示しなければならない(行手法14条1項本文)。
第2 小問(2)について
1 本件処分は、法62条3号に基づくものであるところ、そもそも「特別用途表示をすることが適切でないことが判明するに至った」とはいえないと主張することが考えられる。
「特別用途表示をすることが適切でないことが判明」とは、科学的見地から客観的に販売に供する食品が特別の用途に適しないことが明らかになった場合を指すと解されるところ、本問では、当初のデータと当該最新データとは実験の前提条件が異なるから物質Bの効果が否定されているにすぎず、上記場合には該当しない。
2(1)また、仮に法62条3号の要件を満たすとしても、特別用途表示許可の取消しをするか否かの判断には裁量があると考えられるところ、裁量権の逆脱・濫用が認められるから、本件処分は違法であると主張することが考えられる。
(2)本件処分は、新たな事由の発生を理由として、将来にわたり特別用途表示許可の効力を失わせるためにする行政行為であり、講学上の撤回に該当するところ、撤回に法令上の根拠がある場合には、撤回がど のような場合に許されるか、また、その撤回が必要的か裁量的かなどについては、それぞれの法令の規定、趣旨等から判断されるべきである。そして、法62条柱書は「取り消すことができる」と規定していること、当初の許可を前提として新たな法律が次々と形成されていることが想定されるから、違反行為の性質態様などに伴う撤回の必要性、撤回による相手方への影響の程度も比較衡量の上、政策的・専門的知見をもって、撤回の是非を判断するのが相当である。
(3)したがって、同条は、以上のような点を考慮した上で、撤回するべきか否かを判断するための裁量を行政庁に与えていると解される。
そうだとすれば、上記のような事情を考慮することなく、他方公益上の必要性を過大に重視するなどして行われた当該処分は、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものとして、裁量権の逸脱・濫用となり、違法となる(行政事件訴訟法30条)
3 本問では、A社は多額の投資をして、食品Cの製造ライン建設や宣伝を行っていることからすれば、本件処分により、多額の損害を被るおそれがある。にもかかわらず、消費者庁長官は、このようなA社の不利益や従業員の生活上の影響を考慮することなく、本件処分をしている。
一方で、物質Bは発がんリスクが低減するだけであるから、これを服用したとしても国民の生命・身体の安全に対して、重大な影響を及ぼすものであるとは言い難い。
したがって、本件処分をするべき公益上の必要性は必ずしも高くないにもかかわらず、これを過大に重視している。
以上から、本件処分には、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものとして、裁量権の逸脱・濫用があり、違法である。
以上

解説音声

手書き解答

問題解答音読