行政法第29問

2023年1月9日(月)

問題解説

問題

河川法は、従来、治水と利水の法律であったが、平成9年の法改正により、「河川環境の整備と保全」が第1条の法目的に加わった。また、河川整備計画について定めた第16条の2のなかに、住民の意見を計画に反映させるための手続規定が置かれた。
河川管理者Yは、A川について河川法第16条の2に基づく河川整備計画を立てた。その策定過程で開催された公聴会において、A川の自然環境を精力的に調査研究しているNPO法人Xが魚類の保護について意見を述べたところ、それが計画に反映されて、他の水系では見られないとαいう魚の生息環境の維持に努める旨の記述が挿入された。ちなみにXの定款第1条にはA川の自然環境の保全を図ることが法人の目的である旨の記載があり、この目的でのXの活動実績は、任意団体として活動していた時期も含めれ30年にも及ぶ。
ところが最近YはBという企業に対して、A川から取水するのに必要な許可(河川法第23条及び第24条参照)を与えた。Xのメンバーたちは、Bの取水が継続されればαの生息環境が破壊されてしまうので、取消訴訟を起こして争うことにした。彼らは、河川法第1条の「河川環境の整備と保全」という文言は「流水に生息繁茂する水生動植物、流水を囲む水辺地等に生息・繁茂する陸生動植物の生態系及び流水の水質水と緑の景観等の整備と保全を指す」と、同法の解説書に書かれているのを見て、自分たちこそ争うに相応しいと自認している。
はたして、Xの原告適格は認められるであろうか。
【参照条文】
河川法(抜粋)
(目的)
第1条 この法律は、 河川について、洪水、高潮等による災害の発生が防止され、河川が適正に利用され、流水の適正な機能が維持され、及び河川環境の整備と保全がされるようにこれを総合的に管理することにより、国土の保全と開発に寄与し、もつて公共の安全を保持し、かつ公共の福祉を増進することを目的とする。
(河川管理者)
第7条 この法律において「河川管理者」とは、第9条第1項又は第10条第1項若しくは第2項の規定により河川を管理する者をいう。
(一級河川の管理)
第9条 一級河川の管理は、国土交通大臣が行なう。
2~7
(略)
(二級河川の管理)
第10条 二級河川の管理は、当該河川の存する都道府県を統轄する都道府県知事が行なう。
2 二級河川のうち指定都市の区域内に存する部分であつて、当該部分の存する都道府県を統括する都道府県知事が当該指定都市の長が管理することが適当であると認めて指定する区間の管理は、前項の規定にかかわらず、当該指定都市の長が行う。
(略)3~4
(河川整備計画)
第16条の2 河川管理者は、河川整備基本方針に沿って計画的に河川の整備を実施すべき区間について、当該河川の整備に関する計画(以下「河川整備計画」という。)を定めておかなければならない。
2 (略)
3 河川管理者は、河川整備計画の案を作成しようとする場合において必要があると認めるときは、河川に関し学識経験を有する者の意見を聴かなければならない。
4 河川管理者は、前項に規定する場合において必要があると認めるときは、公聴会の開催等関係住民の意見を反映させるために必要な措置を講じなければならない。
(略)5-7
(流水の占用の許可)
第23条 河川の流水を占用しようとする者は、国土交通省令で定めるところにより河川管理者の許可を受けなければならない。ただし、次条に規定する発電のために河川の流水を占用しようとする場合は、この限りでない。
(土地の占用の許可)
第24条 河川区域内の土地(河川管理者以外の者がその権原に基づき管理する土地を除く。以下次条において同じ。)を占用しようとする者は、国土交通省令で定めるところにより、河川管理者の許可を受けなければならない。
(河川保全区域)
第54条 河川管理者は、河岸又は河川管理施設(樹林帯を除く。第3項において同じ。)を保全するため必要があると認めるときは、河川区域(略)に隣接する一定の区域を河川保全区域として指定することができる。
2 国土交通大臣は、河川保全区域を指定しようとするときは、あらかじめ、関係都道府県知事の意見をきかなければならない。これを変更し、又は廃止しようとするときも、同様とする。
3 河川保全区域の指定は、当該河岸又は河川管理施設を保全するため必要な最小限度の区域に限つてするものとし、かつ、河川区域(樹林帯区域を除く。)の境界から50メートルをこえてしてはならない。ただし、地形、地質等の状況により必要やむを得ないと認められる場合においては、50メートルをこえて指定することが できる。
4 河川管理者は、河川保全区域を指定するときは、国土交通省令で定めるところにより、その旨を公示しなければならない。これを変更し、又は廃止するときも、同様とする。
(河川保全区域における行為の制限)
第55条 河川保全区域内において、次の各号の一に掲げる行為をしようとする者は 国土交通省令で定めるところにより、河川管理者の許可を受けなければならない。ただし、政令で定める行為については、この限りでない。
土地の揺さく盛土又は切土その他土地の形状を変更する行為
二 工作物の新築又は改築
(略)
(東京大学法科大学院 平成23年度 改題)

解答

1 取消訴訟の原告適格が認められるのは、処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」(行政事件訴訟法9条1項)である。
では、Xは「法律上の利益を有する者」に当たるか。
取消訴訟が自己の法律上の利益を守るための主観訴訟であることに鑑みれば、「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのあるものをいう。そして、当該処分を定めた行政法規が不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収・解消させるにとどめず、れが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする旨を含むと解される場合には、このような利益も法律上保護された利益に当たる。
そして、処分の相手方以外の者について法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては、 行政事件訴訟法9条2項に掲げた事項を勘案する。
2(1) Xは、A川の河川環境の保全及びそれに基づく良好な自然環境を享愛する利益を法律上保護された利益であると主張しているものと思わ れる。
まず、処分の根拠規定である河川法23条及び24条には、このような利益に配慮したとうかがわれる文言はない。
もっとも、河川法1条には、平成9年の法改正によって「河川環境の整備と保全」が法目的として加わっており、A川から取水するのに必要な許可を与える際にも、この法目的は考慮されなければならない。そして、「河川環境の整備と保全」という文言は「流水に生息繁茂する水生動植物、流水を囲む水辺地等に生息・繁茂する陸生動植物の生態系及び流水の水質、水と緑の景観等の整備と保全を指す」と解されているから、河川環境の保全は、少なくとも一般的公益としては保護されていると解される。
(2) では、更にそれを超えて、個々人の個別的利益として保護されているといえるか。
確かに、上記の平成9年改正の際に、河川整備計画について定めた同法16条の2の中に、住民の意見を計画に反映させるための手続規定が置かれており(同条4項)当該河川の付近に居住する一定の地域の住民については、上記利益を個別的利益として保護しているとも解し得る。
そうだとすれば、定款にA川の自然環境の保全を図ることが法人の目的である旨の記載があり、活動実績が、任意団体として活動していた時期も含めれば30年にも及ぶXは、そのような住民の利益を代表するものとして、原告適格を有するとも考えられる。特に、本問で は、河川整備計画の策定過程で開催された公聴会において、Xが魚類の保護について意見を述べたところ、それが計画に反映されて、αの生息環境の維持に努める旨の記述が挿入されたという経緯があり、これは河川管理者Y がXが代表する上記利益が個別的利益として保護されているとの前提に立っているためであったとも言いうる。
(3) しかし、同条4項は、あくまでも公聴会の開催等を河川管理者の裁量にかからせており、住民に積極的な手続的権利を認めているとは解し難い。
そして、他に住民の上記利益を保護する趣旨の規定は認められないから、上記利益は抽象的、平均的、一般的な利益にすぎず公益の中 に吸収される性質の利益である。
したがって、法律上保護された利益ではないと解さざるを得ない。
一定の地域の住民の上記利益が法律上保護された利益ではない以上、これを代表するとしても、Xの利益もまた同様に解すべきである。
河川整備計画の策定過程でXの意見が反映されたことは、あくまでYがとった事実上の措置にすぎなかったと解すべきである。
3 以上から Xは、「法律上の利益を有する者」には当たらず、原告適格は認められない。
以上

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問題解答音読

答案