合同会社鈴木商店。アツい長いウザいブログ。時々誤字脱字。起業は怖くない!今までの経験をもとに、また、新たなチャレンジをするために合同会社鈴木商店を立ち上げました。先人の皆様のおかげで「SUZUKI」は世界中どの国の人にも覚えてもらいやすい名前です。この名前に恥じない活動をしていきたいと思います。
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令和の地方出身者の長期的移動様式を考察してみました(人口移動の固定化)#おら東京さ行くだ(2021/04/09)

花の都大東京

▼日本においては、地方から東京への人口流入が進んでいるということですが、これはどのようなメカニズムになっているのか自分なりの理解で簡単に説明しようと思います。東京から見れば、皆地方出身者という一つのカテゴリーに収まってしまうのではないか思われる大学・大学院・就職における地方出身者ですが、少なくともこれまでの昭和から平成の初期にかけては、大きく東京以北の東北地方(北海道・上越地方含む)とそれ以外の中部圏・中国圏・四国圏・九州沖縄圏に分けられると考えています。

▼東北地方出身者の場合、仕事や就職先で外へ出るときにその意識の向かう先は自動的に東京圏一択になるのです。全体のかなりの部分が東京圏へ向かいます。特に仕事の場合は、東京圏より先の愛知や関西ましてや広島や九州沖縄になど行く必要がありません。一般的に東京圏で「すべて」揃うのですから。この「東京圏へ移動することが極めて多い」というのが重要です。職がないとか希望する学部を擁している大学が近くにないとか、気分を変えたいとか、とにかく居所を移動せざるをえないときに「東京」へ出ることが当たり前なのです。都会といったら東京。仙台の次の都会は世界の大都市東京なのです。この点、例えば筆者のような西の九州出身者が新幹線のぞみを乗り継いで、神戸に降りるか大阪に降りるか京都か名古屋か静岡か横浜か、と悩む必要はないわけです。杜の都仙台から、一気に東京になります。もしくは仙台もスルーして、生まれ故郷の市や町からいきなり東京、これが通常の感覚です。長崎県対馬市出身の人が、一旦島を出て、そして福岡市なり長崎市なりで過ごした後に東京に出ていく、みたいな段階的な感覚もなく、一気に東京のベッドタウンに着陸する、そのような感じです。移動する当人だけでなく親や高校の教師も地域社会もこぞっても東京へ行くものだと若者たちに指し示します。花の都大東京と歌った元フォークソング歌手は鹿児島出身でしたから、若干の選択の幅があったのかもしれません。1,300年の都奈良京都でもよかったはずなのです。筆者は東京以外の選択肢に関西もあったので、なんとなく歴史がありそうな京都にしましたが、この何となく、の選択肢がそもそもないのが、東北・北陸出身者の心象風景と言えるでしょう(決めつけですみません)。

▼人間にとって自由に意思決定ができることは良いことでもある反面、辛いことでもあります。一方「東京へ出るのが当たり前」という状況では実は不安もたいへん小さくなります。現実にまわりの友人も東京へ行きますから、ひとりで行ったつもりでも、いつの間にか周りにに「地元の」人がいるわけです。こうして東京は巨大な田舎出身者が占める大都会になっていくというわけです。特に戦後、高度経済成長期の頃からは一貫して東京へ人が流れていますから親族や親類がいることも多いのです。東京で結婚することへの抵抗も非常に少なくなります。その昔の昭和の高度経済成長期の頃というと、集団就職で上野駅に到着するイメージがあります。上野駅は東北地方からの終着駅でした。もちろん東海地方からも沢山きたのでしょうが、実は我々の古い記憶はそこから始まっているのかもしれません。上野発の夜行列車といえば演歌でなくてもイメージはかなり固まりまして、絶対に津軽海峡に向かわなければなりません。間違っても博多行きではない、そのように日本人の深い深層に刻まれているのではないでしょうか。東京に定着し残っている人がいてその方々が水先案内人の役割を果たします。地方は都会と違い、親族関係が密ですから親族同士で助けあうというのが当たり前のように行われています。たとえば、東京に叔父さんがいる若い子は、東京へ出てしばらくの間は、叔父さんの家に寝泊まりしながら自立していくといった、そういった方法が可能になります。そして友人も東京にできてきます。地元にいれば付き合わなかったような同級生であっても、東京でたまたま同じ大学に進学すると仲良くなることは毎年ノーベル文学賞候補になるハルキさんといった日本人作家の作品を読むまでもなくよくあることです。お互いに故郷を離れて寂しいですから。また採用する企業側や大学側も、定着率を高めるために例えば毎年新卒を受け入れる際に、「岩森出身者枠」のようなものを非公式にしろ設けるという傾向です。こうして、たとえば高校生や専門学校卒の学生が学校の斡旋で就職し東京へ出てきます。そして会社の寮に入ります。するとその寮には同じ高校出身の先輩が何人もいて最低限の人間関係がつくれます。いまの若い子にしてみれば若干うっとおしいことであるかもしれませんが、不安を抱えて東京へ出てきて完全に孤立するよりは良いということになります。ここでは先輩たちとお国言葉で話し、愚痴も言える。お国言葉で話せるか話せないかというのは心の安定にとっても大きな問題です。そういう寮だとわかっていれば、高校の先生も安心して送り出すことができるのです。以上このようにそれぞれ個人が自由に進路を選んだとしても、実はある型に収斂していく傾向が地政学的に認められるようです。我々は生まれた土地文化からなかなか自由になれないようです。東北地方にはほとんど行ったことがない筆者の勝手な論考は以上です。

▼さて、地頭が良いとか都会に疎開するしかなかったとか、そのような理由で東京に出てきた人たちは、たくさんいるけれども、かなりの大部分の人たちが、自分の子女に対しては、教育にリソースを極力突っ込み、地元に残った層とはだんだん話も合わなくなってきていくように感じます。その子どもたちは、東京2世として、SAPIXや進研ゼミ(ベネッセ)にせっせと通い、親が卒業したのと同じような有名(私立)大学を目指すという塩梅です。これこそ、人口流動と固定化の偽りなき姿だと思います。いいとか悪いとかではなく。地元に残って一軒家を建てて、終末は子供の少年スポーツ団のメンバーでバーベキューとかお花見とかやって、たまにはキャンプやいちご狩りに行きますか、というような生活と、1億円のローンを夫婦で組んでもせいぜい70平方メートル程度のマンション(分譲住宅)しか手に入らない場所で夫婦4人暮らし、子供は中高一貫校で週末にはギッチリと習い事やらを詰め込む一家と、そのどちらの家庭のほうが幸福度が高いか、というような話ではなく、それでも地元には戻れない、一旦都会の味を知ってしまったら、という人たちは多いです。どこまでが都会かという線引きは非常に難しく、東京ですら23区以外は田舎と豪語する向きもおられますので、まずはその定義から明確にしたいと考えています。勉強することは多く、疑問は尽きず、面白いですね。こちらからは以上です。

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