憲法第7問

問題 2022年8月3日(水)

Xは、S市内で発生したワイン毒物混入事件等につき、殺人罪等により逮捕、勾留され、起訴された被告人である。本件刑事事件は、極めて重大な事案として、国民の多くの注目を集めていた。株式会社Yは、書籍及び雑誌の出版等を目的とする株式会社であり写真週刊誌「T」を発行しており、また、Zは、同誌の編集長及び発行人の地位にある。
平成10年11月25日、S地方裁判所の法廷において、Xの被疑者段階における勾留理由開示手続が行われた。「T」のカメラマンは、小型カメラを上記法廷に隠して持ち込み、本件刑事事件の手続におけるXの動静を報道する目的で、閉廷直後の時間帯に、裁判所の許可を得ることなく、かつ、Xに無断で、裁判所職員及び訴訟関係人に気付かれないようにして、傍聴席から被告人の容ぼう、姿態を写真撮影した(以下、この写真を「本件写真」という。)。本件写真は、手錠をされ、腰縄を付けられた状態にあるXをとらえたものである。Yは、平成11年5月19日、「T」の同月26日号に、「法廷を嘲笑う『X』の赤ワイン初公判一この『怪物』を裁けるのか」との表題が付された本件写真を主体とした記事を掲載、発行した。
Xは、Yに対しては民法715条に基づき、またZに対しては民法709条に基づき不法行為を理由に慰謝料の支払いを求める訴えを提起した。本件訴えにおいて問題となる憲法上の論点について検討せよ。
(北海道大学法科大学院平成19年度第2問改題)

解答

1 Xは、Zに対して、本件写真を裁判所の許可を得ずに、Xに無断で、撮影し、本件写真を主体とした記事を掲載発行したことによって、人格的利益(13条参照)を違法に侵害されたものである(民法709条)と主張することが考えられる。
2 確かに、人はみだりに自己の容ぼう等を撮影されないこと、及び自己の容ぼう等を撮影された写真をみだりに公表されないことについて、人格的利益を有する。そして、このような利益は、人格的生存に不可欠なものとして13条によって保障されているといえる。もっとも、Y及びZが被疑者の容ぼう、姿態を写真撮影し、本件写真を主体とした記事を掲載、発行することは、国民の知る権利に奉仕するものとして、報道の自由、取材の自由たる性質を有し、表現の自由の一環として21条1項によって保障ないしは十分に尊重される。したがって、上記権利又は利益は絶対的なものではなく、かかる表現の自由との調整が必要である。具体的には、ある者の容ぼう等をその承諾なく撮影することが、不法行為法上、違法となるかどうかは、被撮影者の社会的地位、撮影された被撮影者の活動内容、撮影の場所、撮影の目的、撮影の態様、撮影の必要性等を総合考慮して、被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべきである。また、人の容ぼう等の撮影が違法と評価される場合には、その容ぼう等が撮影された写真を公表する行為は、被撮影者の上記人格的利益を侵害するものとして、違法性を有すると解すべきである。
3 これを本問でみると、対象者のXは、極めて重大な事案として、国民の多くの注目を集めていた刑事事件の被疑者である。また、本件写真は、このような被疑者の動静を報道する目的で撮影されており、かかる目的は正当であるといえる。しかし、刑事訴訟規則215条所定の裁判所の許可を受けることなく、小型カメラを法廷に持ち込み、Xの動静を隠し撮りしたというのであり、その撮影の態様は相当なものとはいえない。また、Xは、手錠をされ、腰縄を付けられた状態の容ぼう等を撮影されたものであり、このようなXの様子をあえて撮影することの必要性も認め難い。本件写真が撮影された法廷は傍聴人に公開された場所であった(34条後段)とはいえ、Xは、被疑者として出頭し在廷していたのであり、写真撮影が予想される状況の下で任意に公衆の前に姿を現したものではない。以上の事情を総合考慮すると、本件写真の撮影行為は、社会生活上受忍すべき限度を超えてXの人格的利益を侵害するものであり、不法行為法上、違法である。そして、このように違法に撮影された本件写真を主体とした記事を掲載発行した行為は、Xの人格的利益を侵害するものとして、違法性を有する。
4 また、Zは「事業の執行」につきXに損害を与えたといえるため、特に免責事項がない以上、Yは使用者責任(民法715条)を負う。以上より、民法709条715条に基づき、Xは、Y及びZに対して損害賠償請求することができる。
以上

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