刑事訴訟法第8問

2022年8月13日(土)

問題

L県M市内では、日中の間に留守とすることが多い一人暮らしの居宅を狙った空き巣が多発していた。そのため、司法警察員Kは、一人暮らし用のマンションが多い付近を警らしていたところ、令和2年3月5日午後2時頃、あるマンションからVが「泥棒。」と叫びながら飛び出してくるのを目撃した。
そこで、Kは、急いでVに駆け寄り、事情を聴いたところ、Vがたまたま午前中で仕事を終えて自宅に戻ったところ、灰色のジャンパーを着用した50歳くらいで身長約170センチメートルの男(以下「犯人」という。)がV宅のタンス等を物色しているのを目撃したこと、犯人はVを認めると、Vを押しのけて逃走したことが分かった。そのため、Kは、Vと共にV宅の状況を確認することにした。KがV宅の状況を確認したところ、タンスが物色された明白な痕跡のあることを発見した。その後、Kが、付近を捜索していたところ、同日午後2時10分頃、灰色のジャンパーを着用した50歳くらいで身長約170センチメートルの甲が、V宅から約500メートル離れた地点に存するAマンションのエントランスに入るところを目撃した。そのため、Kは、Aマンションの共用部分であるエントランスで甲を呼び止め、上記事件 について質問をしたが、甲は犯行を否認し、立ち去ろうとした。しかし、その場に駆け付けたVが「犯人に間違いない。」と言ったため、Kは、甲を窃盗未遂罪の容疑で逮捕した。
【設問】下線部(太線部)の逮捕の適法性について論じなさい。

解答

1 Kは無令状で甲を逮捕していることから、この逮捕(以下「本問逮捕」という。)が適法というためには、現行犯逮捕(213条1項、212条1項)の要件が満たされていなければならない。そこで、甲が「現に罪を行い、又は現に罪を行い終った者」(212条1項)に当たるかが問題となる。
2 この点について、212条1項の文言及び認逮捕のおそれが低いという現行犯連捕の許容理由に鑑みれば、「現に罪を行い、又は現に罪を行い終った者」に当たるというためには、犯罪が行われたことを逮捕者が現認したか、それに準じる状況が必要である。具体的には、①特定の犯罪が現に行われていること、又は行われた直後であること(犯罪の現行性又は時間的接着性)及び②犯罪が行われていること又は行われたことが明白であること、被逮捕者がその犯人であることが逮捕者自身にとって明白であること(犯罪の現行性又は時間的接着性の明白性、犯罪及び犯人の明白性)が要件となる。そして、現行犯逮捕の上記許容理由を踏まえれば、②犯罪及び犯人の明白性の判断に当たっては、時間的場所的接着性を基本としつつ、犯人等の外見・挙動・犯行状況、犯罪の痕跡の有無等も考慮されるべきである。また、逮捕者がそれまでに得ていた情報も含めて判断してよいが、被害者の供述等の供述証拠は補充的に考慮し得るにとどまる。
3 本間についてみると、①まず、犯行発生から現行犯逮捕まで10分しか経っておらず、特定の犯罪が行われた直後であるといえる。また、②K自身が手宅においてタンスが物色された明白な痕跡があることを確認しており、Vに対する初盗事件があったことは明白といえ、犯罪の明白性は認められる。もっとも、甲には、その場を立ち去ろうとしたこと以外、犯罪の痕跡や疑わしい挙動等があるわけではない。そうすると、犯人の明白性は認められないかに思える。しかし、上記のように、犯行発生からわずか10分しか経過しておらず、時間的接着性が認められるし、また、犯行現場から逮捕場所まで500メートルしか離れていないので、場所的な接着性も認められる。そして、甲はVが述べた特徴と同一のそれを有しているところ、Vの甲が犯人である旨の供述は、犯行が行われたのは日中であり、犯人の容貌がよく見えること、Vは犯人に押しのけられており、犯人を眼前で目視していること、事件直後であって記憶が鮮明であることから、高度の信用性を有するといえる。Vと甲に特殊な人的関係があるとは考え難い から、Vが虚偽の供述をする動機も見当たらない。そうすると、上記時間的場所的接着性、甲がその場を立ち去ろうとし たこと及び甲の特徴に加え、Vの上記述を併せて考えれば、②犯人の明白性も認めることができるというべきである。
4 したがって、下線部の逮捕は、適法である。
以上

解説音声

手書き解答

問題解答音読