民法第9問

2022年8月14日(日)

問題

Xは、友人AのBに対する債務を担保するため、Bとの間で、自己所有の甲土地に抵当権を設定する契約を締結するとともに、Bに対して、抵当権設定登記手続を行う代理権を授与した。ところが、金銭的に困窮していたBは、上記代理権があることを悪用して、Xの代理人として、甲土地をYに売却し、登記名義をYに移転してしまった(以下「本件売買契約」という。)。
Bは、本件売買契約の際、Xから預かっていたXの実印を用いて委任状を偽造し、印鑑登録証明書とともに、Yに対して示した。また、Yは、Xの意思を確認するため、委任状に記載された電話番号に架電し、受話者から売買の意思を確認したが、それはBが用意した別の人物で、Xではなかった。 XY間の法律関係を論ぜよ。

解答

第1 考えられるXの請求について
Xは、甲土地の登記名義を有するYに対し、所有権に基づき甲土地の所有権移転登記の抹消登記手続請求をすると考えられる。
第2 Yの反論について
1 これに対し、Yとしては、Bを代理人とする有権代理(99条1項)が成立し、本件売買契約の効果がXに帰属するため、Yに所有権があると主張すると考えられる。しかし、XがBに対して与えたのは抵当権設定登記手続の代理権であり、甲土地売却の代理権ではないので、有権代理は成立せず、Yの主張は認められない(113条1項)
2 次に、Yとしては110条の表見代理の成立を主張することが考えられる。本件では、XがBに対して、抵当権設定登記手続を行う代理権を授与しているため、110条の適用を検討することになる。110条の要件は、①基本代理権(権限)、②越権行為(権限外の行為)、③正当事由(代理人の権限があると信ずべき正当な理由)である。
(1)まず、本件でXがBに対して与えたのは抵当権設定登記手続の代理権であり、公法上の行為についての代理権である。では、公法上の行為についての代理権は、基本代理権たり得るか。公法上の行為についての代理権は、私法取引の安全とは関わりがなく原則として基本代理権たり得ない。しかし、公法上の行為であっても、特定の私法上の取引行為の一環としてされるものであるときは、外観に対する第三者の信頼を保護する必要がある。したがって、かかる事情がある場合に限って、公法上の行為についての代理権は基本代理権たり得ると解すべきである。抵当権設定登記手続は、抵当権設定契約という取引行為の一環として行われるものであるから、かかる行為の代理権は基本代理権となりる(①充足)。
(2)次に、Bは抵当権設定手続の代理権の権限である甲土地の売却をしているから、越権行為も認められる(②充足)。
(3)では、③「代理人の権限があると信ずべき正当な理由」は認められるか。この要件は、代理権に対する相手方の正当な信頼があったことを意味するから、代理権の存在についての善意無過失と同義であると解する。その判断に当たっては、取引の内容、取引の方法等の諸般の事情を総合的に考慮すべきである。本件についてみると、確かに、土地売買は高額に及ぶことが多く、 重要な取引であるのが通常だから、YとしてはBの代理権の有無について慎重に確認すべきであったといえる。もっとも、Bは、本件売買契約の際、Xの実印を用いて偽造した委任状及び印鑑証明書をYに対して示している。印鑑登録証明書は、日常取引において実印による行為について行為者の意思確認の手段として重要な機能を果たしていることからすれば、印鑑登録証明書がある場合には、特段の事情のない限り、正当な理由があるといえる。本問では、特段の事情が存せず、かえって、Yは、Xの意思を確認するため、委任状に記載された電話番号に架電しているのであるから、Yとしては、可能な調査を尽くしたといってよい。したがって、Yは善意無過失であり、「代理人の権限があると信ずべき正当な理由」も認められる(③充足)。
第3 結論
以上より、Yの表見代理成立の主張が認められ、本件売買契約の効果はXに帰属するため、Xの請求は認められない。
以上

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