憲法第13問

2022年9月14日(水)

問題解説

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問題

(1) X1が新聞社であるY1を被告として名誉毀損に基づく損害賠償請求等を求めた事案において、裁判所が民法723条の「適当な処分」として、「X1に関する記事 は、真相に相違しており、貴下の名誉を傷付け御迷惑をおかけいたしました。ここに陳謝の意を表します。」という内容の記事をY1の紙面に掲載することを命じた場合における、憲法上の問題点について、論じなさい。
(2) Y2県立B高等学校の社会科の教職員であるX2は、B校の卒業式において、国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱することを命ずる旨のB校校長の職務命令を受けた(以下「本件職務命令」という。)。しかし、X2は、「君が代」や「日の丸」が過去の我が国において果たした役割が否定的評価の対象となることから、起立斉唱行為をすることは自らの歴史観ないし世界観等に反するものであるとの理由により、本件職務命令に従わなかった(以下「本件行為」という。)。もっとも、X2は、起立して斉唱する他の教職員や生徒に対して、それを制止させようと働き掛けるなどの行為はしておらず、したがって、卒業式自体は、何ら混乱等が起きることなく、終了した。Y2県教育委員会は、X2の本件行為は本件職務命令に違反するものであるとして、X2に対して、懲戒処分としての戒告処分を行った。なお、Y2県教育委員会は、戒告処分に先立ち、X2に対して、指導等を行っておらず、また、X2には過去に同種の行為による懲戒処分等の処分歴はない。Y2県教育委員会の戒告処分に関する、憲法上の問題点について、論じなさい。

解答

第1 小間(1)
1 裁判所がY1に対して、本件記事を掲載させたことは、Y1の思想・ 良心に反する行為を強制するものとして思想・良心の自由(19条)を侵害し、連続ではないか。
2 まず、同条によって保障される「思想」・「良心」の意味内容が問題となる。
この点について、19条は,20条、21条1項、23条に対して一般規定ということができる。そうすると、「思想」・「良心」の内容も、学問・信仰とこれに準じる世界観、思想のようなある程度確固とした信条をその内容とするというべきである。
このように考えると、強制する内容が人格を無視し著しくその名を毀損することになるような謝罪記事の掲載を強制するような場合などは、思想・良心の自由を侵害し、違憲と評価されることもあり得る。しかし、単に事実の真相を告白し、陳謝の意を表するにとどまるならば、謝罪広告も思想・良心の自由の保険領域に含まれないものの強制にすぎないため、19条違反の問題は生じない。
3 本件記事は、「X1に関する記事は、真相に相違しており、貴下の名誉を傷付け御迷惑をおかけいたしました。ここに陳謝の意を表します。」という内容である。これは、単に事実の真相を告白し、陳謝の意を表するにとどまるものであり、Y1の人格を無視し著しくその名誉を毀損することになるような謝罪記事の掲載を制するような場合等には当たらない。
以上から、思想・良心の自由の制約は認められず、合憲である。
第2 小問(2)
1 本件におけるY2県教育委員会のX2に対する成告処分(以下「本件戒告処分」という。)の根拠は、X2がB校の卒業式において、国歌斉唱の際に国体に向かって起立して斉唱することを命ずる旨のB校校長の職務命令(本件職務命令)に違反したことであると考えられる。
そこで,本件職務命令とその違反を理由としてなされた本件戒告処分は、X2の思想・良心の自由を侵害し、違憲無効ではないか。
2(1) 「君が代」や「日の丸」が過去の我が国において果たした役割に係わるX2の歴史観ないし世界観自体は、思想・良心の自由として19条の保障の下にあると解すべきである。そして、人の内心と外部的行為との密接な関係にかんがみ、かかる内心に反する外部的行為の強制が人の内心の核心部分を直接否定するような態様、ないしその性質・ 効果等に照らしてそれと同様の作用を及ぼす態様であれば、思想・良心の自由を直接的に制約することになる。
(2) 起立斉行為は、その性質の点からみて、X2の有する歴史観ないし世界観を否定することと不可分に結び付くものとはいえず、X2に対して上記の起立斉行為を求める本作職務命令は、X2の歴史観ないし世界観それ自体を否定するものということはできない。また、起立行為は、その外部からの認識という点からみても、 特定の思想又はこれに反する思想の表明として外部から認識されるものと評価することは困難であり、職務命令に従ってこのような行為が行われる場合には、このように評価することは一層困難であるといえ るのであって、本件職務命令は、特定の思想を持つことを強制したり、これに反する思想を持つことを禁止したりするものではなく、特定の思想の有無について告白することを強要するものということもできない。
よって、本件職務命令は、X2の内心の核心部分を直接否定するような態様、ないしその性質・効果等に照らしてそれと同様の作用を及ぼす態様ではなく、思想・良心の自由の直接的制約には当たらない。
(3) もっとも、起立斉唱行為は、社会科の教員であるX2が日常担当する教科等や日常従事する事務の内容それ自体には含まれないものであって、教員にとって通常想定され期待されるものではない。また、一般的、客観的にみても、国旗及び国歌に対する敬意の表明の要素を含む行為である。
そうすると、起立斉唱行為の強制によって、個人の歴史観ないし世界観に由来する行動(敬意の表明の拒否)と異なる外部的行為(敬意の表明の要素を含む行為)を求められることとなり、その限りにおいて、その者の思想・良心の自由についての間接的な制約となり得る。
一方で、公務員に対する懲戒処分について、懲戒権者は、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定する裁量権を有しているから、その判断は、それが社 会観念上著しく妥当を欠いて最権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に、違憲(違法)となる。本件職務命令が思想・良心の自由に対する間接的制約となり得ることはその裁量判断の考慮要素となるに止まると解する。
(4) 本問において、X2は、起立して斉唱する他の教職員や生徒に対して、それを制止させようと働き掛けるなどの行為はしておらず、卒業式自体は、何ら混乱等が起きることなく、終了していることから、本件職務命令違反を理由として、本作戒告処分を行う必要性はないとも思われる。
しかし、卒業式という厳格な式典において教員の一人がかかる式典のプログラムの一部をなす「起立し、国語に向かって国歌を斉唱する行為」を行わなかった場合、会場内で混乱が生じ、式典の雰囲気が損」なわれる危険があったのだから、将来において同種の行為が行われることを防止すべく、本件戒告処分を行う必要性があったといえる。
そして、処分自体も戒告にとどまっており、X2の受ける不利益は最小限に抑えられているといえる。
確かに、本件職務命令は思想・良心の自由に対する間接的制約となり得ること、卒業式自体には何ら混良等が起きなかったこと及びX2には過去に同種の行為による懲戒処分等の処分歴のないことからすれば、懲戒処分をする前に、指導等で処理することも考えられるが、当不当の問題を超え、違憲(違法)と評価されるような事情ではない。
3 したがって、本件職務命令とその違反を理由としてなされた本作戒告処分は、X2の思想・良心の自由を侵害するものでなく、合憲(適法)である。
以上

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