行政法第13問

2022年9月15日(木)

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問題

次の文章を読んで、条文を参照しながら、以下の「設問」に答えなさい。
甲県乙市のA工場の周辺で異臭が漂うことがあり、大気汚染防止法(以下「法」という。)に基づく排出基準の許容限度を超えるばい煙が同工場から排出されているようだとの通報が、市民より寄せられた。そこで、甲県の3名の公害担当職員(以下、「Yら」という。)は、法26条1項に基づく立入検査をしようとして、所定の証明書を携帯し、A工場に赴いた。ところが、A工場長Bは、裁判官の令状がなければ立入検 査は受け入れられないと主張して、令状を所持していないYらの立入検査を拒否した。 Bとしては、工場の設置者Cの指示に従い、あくまでも立入検査を拒否する意向であ
(設問1]
Yらは、立入検査を強固に拒否するBらに対し有形力を行使し抵抗を排除して立入検 査を行うことができるか。Bによる令状主義に関する主張が妥当かどうかの問題も含め て論じなさい。
(設問2] OYらが翌日、再度工場に赴いたところ,Bは急用のため出張中であり、たまたま事 情を知らない守衛がYらを案内して立入りを許してしまったため、Yらが検査を遂 げたとする。 2さらに,1の検査で得られた資料を根拠として,甲県知事が法14条1項に基づ
き,Cに対して改善命令を発したとする。 2の改善命令が、Cの提起した訴訟により争われた場合、検査が1のように行われた という事情は,当該改善命令の取消原因になるか。
【参照条文】 。 大気汚染防止法(昭和43年法律97号)(抜粋) (改善命令等) 第14条 都道府県知事は、ばい煙排出者が,そのばい煙量又はばい煙濃度が排出口 において排出基準に適合しないばい煙を継続して排出するおそれがあると認めると きは、その者に対し、期限を定めて当該ばい煙発生施設の構造若しくは使用の方法 若しくは当該ばい煙発生施設に係るばい煙の処理の方法の改善を命じ、又は当該ば い煙発生施設の使用の一時停止を命ずることができる。 2~4(略) (報告及び検査) 第26条環境大臣又は都道府県知事は、この法律の施行に必要な限度において,政 令で定めるところにより、ばい煙発生施設を設置している者……に対し、ばい煙発

生施設の状況……その他必要な事項の報告を求め、又はその職員に、ばい煙発生施 設を設置している者,特定施設を工場若しくは事業場に設置している者,揮発性有 機化合物排出施設を設置している者・・の工場……に立ち入り、ばい煙発生施設……その他の物件を検査させることができる。2 (略) 3第1項の規定により立入検査をする職員は、その身分を示す証明書を携帯し,関
係人に提示しなければならない。 4 第1項の規定による立入検査の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならない。 (罰則) 第35条 次の各号のいずれかに該当する者は,30万円以下の罰金に処する。 一~三 (略) 四 第26条第1項の規定による報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、又は同項の規定による検査を拒み、妨げ、若しくは忌避した者
(同志社大学法科大学院 平成24年度)

解答

第1問1について、 1 Yらが立入検査(法26条1項)をしようとしたのに対し、Bは令状、 がなければ許されないと主張し、立入検査を拒否した。そこで、まず 1立入検査に令状主義(憲法35条)の適用ないし準用があるか、次 に2Bらに対し有形力を行使し、抵抗を排除して立入検査を行うこと ができるかを検討する。 21令状主義(憲法35条)の適用ないし準用の可否について (1) 確かに、憲法上の令状主義は、刑事手続の場面を予定している。
しかし、行政手続においても令状主義の精神は尊重されるべきであ るから、刑事手続ではないとの理由のみで憲法35条の保障の枠外に あると判断することはできない。
一方で、行政手続は多種多様であるから、常に憲法35条が適用な いし準用されると解することもできない。 そこで、行政手続に令状主義が適用ないし準用されるか否かは、(3) 刑事責任追及を目的とするか、(b)一般的に刑事責任追及のための資料 収集に直接結び付く性質か、C強制の度合いが直接物理的な強制と同 視すべき程度に達しているか、公益上の目的を実現するため検査制 度が不可欠か,(e)公益上の目的と手段の均衡はとれているか等を総合
して判断すべきである。 (2) (3)立入検査は、改善命令等(法14条10 の判断の資料収集のた
めになされるものであるところ(法26条4項参照)、これは、大気 汚染防止法の趣旨から大気環境保全等の実効性を高めることを目的と
しているといえる。 よって、刑事責任追及を目的とするものではない。 (b)検査の対象は、ばい煙発生施設その他の物件であり(同条1 項),刑事責任の嫌疑を基準に検査対象の範囲が定められているわけ ではないし、検査の結果得られた資料がその後の刑事手続に利用され ることが予定されているわけでもない。
したがって、一般的に刑事責任追及のための資料収集に直接結び付 く性質を有するものでもない。 (C)闇金(法35条4号)は間接心理的な前制手段であるから、強制 の度合いが直接物理的な強制と同視すべき程度に達しているとはいえ ない。(d)大気環境保全という公益上の目的のためには検査制度が不可 欠であるし、(e)上記程度の強制であれば、目的と手段の均衡を欠くと、 いうこともない。
以上を総合的に判断すると、立入検査に令状主義は適用ないし準用 されないと解すべきであるから、Bの主張は妥当ではない。 3.2有形力行使の可否について
有形力の行使は、国民の権利を制約するおそれがある以上、法律の留 保原則により、根拠規範が必要となる。 この点について、法にはこのような有形力行使を認める根拠規定はな い。かえって、法35条で違反者には罰金を科することで担保している ことから同4号の趣旨は間接的な強制によって検査をさせる点にあると 解される。

よって、法26条1項に基づく立入検査をする場合、有形力の行使に よって検査を強制することは、同条の趣旨に反し許されない。
以上から、YらがBらに対し有形力を行使し、抵抗を排除して立入検 査を行うことはできない。 第2問2について 1 立入検査の違法性 (1)Yらは、A工場の守衛の許可を得て検査を遂げている(以下、こ の検査を「本件検査」という。)。
もっとも、その前日にA工場の工場長であるBから立入りを拒否さ れている。Bは、工場の設置者Cの指示に従い、あくまでも立入りを 拒否する意向であるから、本件検査はB又はC)の意思に反するも
のであり、法26条1項に反し、違法ではないか。 (2) 法26条1項に基づく立入検査が、直接強制をすることができない ものであることは前述のとおりであり、同条項による立入検査が令状 に基づく捜索等と異なり、裁判所の事前審査を経ないことを踏まえる と、同条項の立入検査は、立入りの際に有形力を行使することを禁止 するにとどまらず、施設管理者の明示の意思に反する立入りそのもの を禁止していると解するべきである。 (3)本件検査について、Yらは、AT場の守衛の許可を得ているもの この、守衛はたまたま事情を知らなかったから許可したにすぎない。ま
た、上記のように、B又はC)は、あくまでも立入検査を拒否する 意向であり、そのことは、本件検査の前日にYらに表明している。
以上からすれば、本件検査は,B又はC)の明示の意思に反した」 ものといわざるを得ない。 (4)したがって、本件検査は、法26条1項に反し、違法である。 2 本件検査の違法が、改善命令の取消原因になるか (1) 行政調査は行政活動の前提となる情報収集として行われるものであ り、行政処分とは別個独立のものだから、本来調査の違法は直ちに行 政処分の違法を招来しない。
もっとも、今日における適正手続の重要性に鑑みれば、行政行為等 の行政決定の正しさは、情報収集を手続過程全体の正しさを含めて観 念するのが妥当であるから、行政調査に重大な違法があれば、続く行
政処分も違法となると解する。 (2)本件検査によって、B(又はC)は不意打ち的に管理権を侵害され ていることから、本件違法は、重大であるとの評価も考えられる。
しかし、上記のように、本作検査は、守衛の許可を得た上でなされ たものであり、その態様は平穏なものであったと考えられる。
また、A工場周辺で異臭があり、排出基準許容限度を超えるばい煙 排出の可能性があるとの市民からの通報があったことから、健康被害 の防止のため、即時にA工場の稼動状況等を立入調査する緊急の必要 性が高かったといえる。
これらの事情に鑑みれば、本件検査の違法は重大であるとまでは評 価できない。したがって、本件検査の違法は改善命令の取消原因とな らない。
以上

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