憲法第16問

2022年10月5日(水)

問題解説

問題

A市にあるB寺は、全国に多くの末寺を有する日本有数の宗派の総本山であり、参拝者以外にも毎年多くの観光客が訪れていた。B寺は20XX年に開基600年を迎える。それを記念して寺の本尊で秘仏といわれる阿弥陀如来像の御開帳法会が行われることになった。この御開帳法会には多くの観光客が集まることが予想されている。御開帳法会のために設けられた賛同会は、その事務局をA市役所内におき、信徒会の他に、A市観光協会、A市町内会連合会の会員らから構成されている。
同会は、B寺住職CおよびA市の市長Yを顧問として、御開帳法会を期にB寺内にある本堂の大修理と観光客用の各種施設を新たに設けるために、募金活動をおこなうこととした。そして,同会は募金活動の一環として市内のホテルで発会式を行い、CとYが招待された。A市の職員を伴い、A市の公用車を使用して現れたYは、A市長として祝辞を述べるとともに、その場で公金から募金にあてるために10万円を支払った。Yの行為は憲法上どのような問題を有するか。
(慶應義塾大学法科大学院 平成22年度)

解答

1 A市市長であるYが発会式で「祝辞を述べ」た行為、「10万円の公金を支出した」行為は、「宗教的活動」(20条3項)に該当する可能性がある。では、「宗教的活動」をいかなる基準で判断すべきか。
2 そもそも、政教分離とは、国家の宗教的中立性を保つため、国家と宗教を分離することを指す。憲法は、政教分離規定を設けるに当たり、国家と宗教との完全な分離を理想とし、国家の非宗教性ないし宗教的中立性を確保しようとしたものである。しかしながら、政教分離期定は、いわゆる制度的保障の規定であって、国家と宗教との分離を制度として保障することにより、間接的に信教の自由の保障を確保しようとするものであり、また、国家と宗教との完全な分離を実現することは、実際上不可能に近いものであるから、国 家と宗教の分離にもおのずから一定の限界がある。そのため、政教分離原則は、国家が宗教とのかかわり合いをもつことを全く許さないとするものではなく、宗教とのかかわり合いをもたらす行為の目的及び効果に鑑み、そのかかわり合いが我が国の社会的・文化的諸条件に照らし信教の自由の保険の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものと認められる場合にこれを許さないとするものであると解すべきである。そうすると、20条3項にいう「宗教的活動」とは国家と宗教とのかかわり合いが相当とされる限度を超えるものに限られるというべきであって、当該行為の目的が宗教的意義をもち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫干渉等になるような行為をいうと解すべきである。そして、ある行為が上記にいう「宗教的活動」に該当するかどうかを検討するに当たっては、当該行為の行われる場所、当該行為に対する一般人の宗教的評価、当該行為者が当該行為を行うについての意図・目的及び宗教的意識の有無・程度、当該行為の一般人に与える効果・影響等、諸般の事情を考慮し、社会通念に従って、客観的に判断しなければならない。
3(1) 確かに、B寺は多くの観光客が訪れている文化的な場所であり、Yの行った募金は、観光客用の各種施設を新たに設けるためであったから、Yの行為は、観光事業振興のためのものであり、宗教的意義が認め難いとも思える。また、発会式が市内のホテルで行われている点、B寺そのものの式典ではなく賛同会の発会式であった点、賛同会は事務局をA市役所内におき、信徒会の他に、A市観光協会、A市町内会 連合会の会員らから構成されている点も宗教的意義を希薄化する事情であると解することができる。
(2) もっとも、B寺は日本有数の宗派の総本山であり、本件発会式は秘仏とされる阿弥陀如来像の御開帳法会に関するものである上、本件募金が本堂の大修理の費用に充てられる点からすれば、特定の宗教との特別の関わり合いを持つものであることは否定し難い。特に、Yが公用車を使い、A市長として祝辞を述べた上、公金から募金に充てるために10万円を支払った行為は、一般人に対して、A市が特定の宗教団体を特別に支援しており、それらの宗教団体が他の宗教団体とは異なる特別のものであるとの印象を与え、特定の宗教への関心を呼び起こすものである。
以上の事実からすれば、上記の行為の目的が宗教的意義を持つことを免れず、その効果が特定の宗教に対する援助、助長、促進になると認めるべきであり、これによってもたらされるA市とB寺が所属する宗派との関わり合いが我が国の社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものであって、20条3項にいう「宗教的活動」に当たるといわざるを得ない。
4 よって、Yの上記行為は20条3項に反し、違憲である。
以上

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