0日目(2023/12/21)
憲法第1問、第2問
憲法第1問(人権・プライバシー権)
「裁判所に提出するため」との申出事由の記載により、A市長であるBが弁護士法に基づく照会に応じてCの前科を報告した。Cは、かかるBの行為につき憲法上問題があると考えている。Cの主張の内容を明らかにし、その当否について論じなさい。
(解答)
1 Cは、前科をみだりに公表されない自由を有するところ、Bの行為によって、かかる自由が侵害されたと主張している。かかる主張が妥当といえるかどうかを検討する。
(1) Cの主張が認められるためには、上記自由が憲法上保障されている必要がある。かかる自由の保障については憲法に名文の規定がないが、13条後段によって保障されないか。
ア この点について、上記自由は14条以下で列挙されていない。しかし、13条後段は、個人の人格的生存に不可欠な利益を内容とする権利の総称をいうと解する。そして、本問の前科をみだりに公表されると、前科者の社会生活に害が生じるため、これを公表されない利益は、個人の人格的生存に必要不可欠な利益と考える。そこで、前科をみだりに公表されない自由は憲法13条後段によって保障される。
イ したがって、Cの上記自由は道場後段によって保障される。
(2) もっとも、憲法上の利益だからといって無制限に許されるわけではなく、公共の利益(12条後段、13条後段)による内在的制約に服する。そこで、必要かつ合理的な制約といえる場合、憲法上の権利に対する制約が正当化されると解する。
これを本問についてみる。裁判所に提出することで守られる利益は、裁判を受ける権利(32条)と考えられる。この利益が真実であれば重要な利益であるため、必要性は認められる。しかし、「裁判所に提出するため」との申出理由の記載のみで報告に応じることは、必要性との関連が明らかでなく、合理的とはいえない。そのため、必要かつ合理的な制約とはいえない。
(3) したがって、Bの行為は憲法13条後段に反する。
2 よって、Cの主張は妥当である。
以上
憲法第2問(人権・プライバシー権)3版追加
芥川賞作家Yは、私人Xをモデルとした小説の中で、Xの顔に大きな腫瘍があることや、手術歴、腫瘍の形状などを詳細に記述した。この作品の出版にあたり、Xはこの記述がプライバシー権の侵害であることを理由に、出版の差し止めを請求し訴えを提起した。この事案における、憲法上の問題点について論じなさい。なお、検閲について論じる必要はない。
(解答)
1 プライバシー権の侵害を理由とする差止請求が認められるためには、本件記述がXのプライバシー権を侵害している必要がある。
(1) 高度に情報化された現代社会では、自己に関する情報が自身の知らないところで利用される可能性がある。そのため、個人の人格的自律を図るため、自己の情報をコントロールする権利が13条によって保障される。
Xの顔に大きな腫瘍があることや、手術歴、腫瘍の形状を公開されない自由は、自己に関する情報をコントロールするものとして同条で保障される。
(2) そして、顔に大きな腫瘍があることは、完全な秘匿が難しいものの、他人にむやみに知られたくない情報である。病気や手術歴は、個人情報としては最も他人に知られたくない部類の情報である。本件作品が出版されると、本件記述によりモデルがXだと認識され、上記のような情報が本人の許可なくより多くの人に知れ渡り、上記自由は侵害される。
(3) したがって、本件記述はXのプライバシー権を侵害する。
2 そうだとしても、小説の出版差止めは、事前抑制にあたり、21条1項に反し、許されないのではないか。
(1) この点については、表現内容の当否は国民自身が判断するべきだから、原則として裁判所による事前抑制は許されない。もっとも、高度に情報化された現代社会では、自己の情報をコントロールすることは個人の人格的自律にとって重要で、プライバシーを保護する必要性がある。そこで、差止めを認めないことによる被侵害者の不利益と差止めをすることによって表現者が受ける不利益を比較衡量し、被侵害者の不利益が上回る場合に限り、事前抑制が許されると解する。
(2) これを本件についてみる。本件作品の出版によりXが受ける被害は、顔面の腫瘍があることやその形状、手術歴などが自らの意思に反して他人に知れ渡ることである。Yは芥川賞作家であり、その知名度を考慮すれば、作品が出版されることで、相当数の人が当該作品を手に取ることが予想され、Xの意思に反して多くの者にXの情報が知られる可能性が高い。そして、このような情報が知られることによりXが受ける精神的損害は、読者数が増えるにつれ増大する可能性があり、さらに精神的損害は事後的な金銭賠償により回復することが困難な性質のものである。他方、モデルとされたXは公的立場にはない一私人であり、本件記述も公共の利害に関する事項であるとは言い難い。そうだとすれば、上記のような不利益をXに追わせてまで本件作品を出版する必要はなく、出版を差し止められることによる表現者の不利益が、被侵害者の不利益に比して大きいとはいえない。
(3) したがって、小説の出版差止めは憲法21条1項に反しない。
3 よって、Xのプライバシー権の侵害に基づく出版の差止請求は認められる。
以上