結局一億総中流がお望み?

政権公約にワクワクしない

自民党も立憲民主党も、公明党もその他の党も、すべてみな、結局そこそこの「1億総中流社会」を目指しているのではないか、結局日本国民の今のブームとしては、断捨離清貧の思想、命あっての物種、という内向き思想になっているのは間違いないと考えています。

この国が、たかだか100年前には、あの当時世界最強の陸軍国のロシア帝国を相手に、相手の事実上の領土である満州の荒野で奉天大会戦を戦い、これを撃破し後退せしめたこと、その前にはロシア帝国の極東艦隊を旅順に閉塞せしめ、さらに東洋一の要塞と謳われた旅順要塞を10万人以上の兵員の犠牲のもとに陥落させたこと、そして、救援に来たバルティック艦隊をも日本海海戦において撃滅し、有色人種国家が史上初めて白人国家を打ち破った偉業を達成し、世界が目をひん剥いて驚いた、というような歴史とは驚くほどの対比です。

これが、日本人の姿なのです。

平城京から平安京に遷都するときにも、打ち続く戦乱や内部抗争に疲れ果てた時の桓武天皇が、天武系一派をすべて葬り去って当時は北の果ての盆地の果てであった平安京に遷都し、そこから200年以上にもわたる平和な平安時代が訪れました。

戦国時代という、世界一鉄砲を生産していた日本国、その数十年後には関ヶ原を戦い、そして一気に太平の世の中に姿を変えます。ついでに鎖国までやってしまいます。

これが、日本人の振れ幅の大きさなのです。

太平の世の中を、蒸気船の来航で目覚めさせられたわが日本は、明治維新という名の急速な近代化に舵を切ります。

そして、一気に人口を1億人に増やし、最後は、中国大陸奥地に侵攻、さらに当時の最強国家米英に対して太平洋を舞台に大いくさを仕掛けます。

大東亜戦争です。

太平洋戦争というのは通称で、日本政府は、当時も今も、大東亜戦争を戦いました。

この辺も、覚えておかなければならない歴史の姿です。

さらに、今の中国、中華人民共和国ですが、こちらは、1949年、要するに大東亜戦争が終わってから建国された国ですので、この国と日本は、厳密には、戦争などしていないのです。戦争したのは、中華民国。今の台湾台北にその政府はあります。

中国が台湾を併合する、というより、むしろ日本の立場としては、台湾が中国本土を併合する方が外交戦略上都合がいいくらいなのです。

革命、未だ成らず。

1911年、中華民国を成立させた初代総統、孫文は日本に留学し、日本で国の作り方、統治のイロハ、人心の掌握方法を学びました。

100年に一度の危機とかいう向きは、本当の100年の歩みというものを少しは勉強してもらい、軽々しい発言は遠慮してもらえればありがたいと思っています。

こちらからは以上です。

追伸

「新型コロナから命と暮らしを守り抜く」「多様性を認め合える当たり前の社会」「分厚い中間層」など、今月の衆議院議員選挙の争点もだんだん定まってきたようですが、もっと日本の悠久の歴史を見た場合の一番の国難は、少子化これ一本だと考えています。

すべての政策は、少子化ストップへの貢献度で図られるべきだと考えます。

以上