刑事訴訟法第18問
2022年10月20日(木)
問題解説
問題
司法警察員Pは、Aが脅迫文を用いてVを恐喝したという嫌疑を抱いて捜査していたが、恐喝を被疑事実とする捜索差押許可状を得るのに十分な証拠を収集できていなかった。
その後、Aについて収賄の嫌疑が生じ、十分な疎明資料を得られたことから、Aの別荘に対する捜索差押許可状を得た。Aの収賄の嫌疑は、Bから職務に関してR社製の高級腕時計の贈与を受けたというものであり、捜索差押許可状には、捜索すべき場所として「Aの別荘」、差し押さえるべき物として「R社製の高級腕時計」と記載されてい た。
Pは、Aの立会いの下、Aの別荘を捜索した際、R社製の高級腕時計を発見し、これを差し押さえたが、新たに覚せい剤を発見した。
Pは、これらについてAに「これは何だ。」と聞いたところ、Aは「こんなものは知らない。」と答えたので、「これも押収するからな。」と申し向けた。すると、Aは「新たに令状をもってこい。」と言い、これに抗議をした。しかし、Pは、Aの反対を押し切って覚せい剤を差し押さえた(以下、この差押えを「差押え①」という。)。
差押え①の後、PはBから贈賄に関し、「Aに対する贈賄は犯行当日に手渡しで行われた。Aは慎重な性格なので、証拠が残らないようにメモなどは残していないはずだ。」という内容の供述を得た。
Pは、上記収賄の被疑事実で、R社製の高級腕時計を疎明資料として、捜索すべき場所を「Aの自宅」差し押さえるべき物を「メモ、手紙、日記等」とする捜索差押許可状を得て、Aの立会いの下で捜索を行ったところ、収賄に関係するメモ、日記等は発見されなかったが、AがVに対して送り付けた脅迫文を発見したため、これを差し押さえた(以下、この差押えを「差押え②」という。)。 差押え①及び差押え②の適法性について論じなさい。
解答
第1 差押えの適法性
1 差押えのは覚せい剤を差し押さえたものであるが、そもそも覚せい剤は差押え対象物件ではないから、この差押えは違法であるのが原則である(219条1項)。
2(1) もっとも、差押え①は、収の捜索差押許可状が適法に発付され、適法に開始されているところ、法禁物である覚せい剤を発見したため、これを差し押さえたものである。
そこで、適法に開始された捜索の過程で別の証拠や法禁物が発見された場合、これらの物について直ちに差し押さえることができるかが問題となる。
(2) このような差押えを認めれば、令状主義の潜脱のおそれがある。また、緊急逮捕には明文の規定がある(210条)のに対し、緊急捜索差押えを許容する明文の規定はない。そうだとすれば、原則とし てこのような差押えは認められないというべきである。
もっとも、法が許容する手段であれば、当然に用いることが可能である。具体的には、①任意提出を求めて領置する(221条)、②改めて捜索差押許可状を得て差押えを行うまでの間、現場への出入りを禁止する(222条1項、112条1項)、③法禁物であれば、被疑者を現行犯逮捕して(213条、212条1項)逮捕に伴う差押え(220条1項2号)をする、という手段のうち、いずれかを行うことは可能である。
(3) 本間では、上記①ないし③のいずれの手続も限されることなく、差押え①が行われている。
3 したがって、差押え①は、原則通り違法である。
第2 差押え②の適法性
1 脅迫文は「メモ、手紙、日記等」の中に含まれている(「手紙」又は、「等」の中に含まれる。)から、差押え対象物件には当たる。なお、「等」というような包括的な記載も、本問のように、具体的な物件が例示され、その例示に準じるものを指すことが明らかである場合には適法である。
もっとも、収賄被疑事件についての捜索差押許可状であるから、恐喝被疑事件に関する脅迫文は被疑事実関連性(222条1項、99条)に欠ける。
したがって、差押えをはこの観点から違法である。
2(1) さらに、この捜索差押えは、専ら本件(恐喝)の証拠として用いることを目的に、別罪(収賄)での捜索差押えの手続を利用した、いわゆる別件捜索差押えとしても、違法ではないかが問題となる。
(2) 本件の証拠収集のため、殊更別件に名を借りた捜索差押えについては、令状主義の潜脱となるおそれがあるから、違法であると解すべきである。とはいえ、捜査官の主観を推知するためには客観的事情を総合判断するしかない。
具体的には、別件の事案の内容、既に収集されている証拠の量、内容、捜索差押えにより証拠物を発見し得る見込みの程度、本件の事案の内容、嫌疑の程度で特に本件による捜索差押許可状の入手の可否、実際の捜索の態様、発見収集された証拠と別件及び本件との関係等の事情を総合的に考慮すべきである。
(3) 本問では、既に賄賂とされるR社製の高級時計は差し押さえられていること、贈賄側のBの自白が得られていること、Bの供述によると、Aは慎重な性格であり、対象物とされる収賄に関係するメモ、手紙、日記等の発見可能性は低いと考えられることなどの事情に鑑みれば、収賄の被疑事実で捜索差押えを実施する必要性は乏しかったといえる。 このことに加えて、恐喝を被疑事実とする捜索差押許可状の発付を得られる見込みが低い上に、恐喝(本件)と収賄(別件)の嫌疑に は関連性がないことも併せて考えると、Pは、収賄の被疑事実に仮託して恐喝に関する捜索差押えを行う目的を持っていたと考えるのが自然である。
したがって、本問では、別件捜索差押えが行われたものと評価すべきである。
(4) 以上より、差押え②はこの観点からも違法である。
以上