元始女性は太陽であった(不毛なジェンダー論争に物申す)という話(2021/04/04)

土偶 青森県亀ヶ岡遺跡出土(重要文化財・東京国立博物館所蔵)/遮光器土偶の代表例

▼「元始女性は太陽であった」という言葉で有名な、女性解放運動の先駆者として知られる作家、平塚らいてう(一八八六・明治十九年~一九七一・昭和四十六年)が、雑誌『青鞜』の出発にあたって、創刊号(一九一一・明治四十四年九月発行)に寄せた発刊の辞の題名が、「元始女性は太陽であった」です。それに続く本文のはじめは以下のとおりです。引用は、小林登美枝・米田佐代子編『平塚らいてう評論集』(岩波文庫、一九八七年)によりました。

▼元始、女性は実に太陽であった。真正の人であった。/今、女性は月である。他に依って生き、他の光によって輝く、病人のような蒼白い顔の月である。/さてここに『青鞜』は初声を上げた。/現代の日本の女性の頭脳と手によって始めて出来た『青鞜』は初声を上げた。/女性のなすことは今はただ嘲りの笑を招くばかりである。/私はよく知っている、嘲りの笑の下に隠れたる或ものを。

▼これは、発刊の辞とはいってもとても長い文章で、文庫版で十六頁にわたるものに仕上がっています。この引用した部分のあとに、フリートリヒ・ニーチェ『ツァラトゥストラかく語りき』からの引用や、「天才」をめぐるロダンの言葉がちりばめられ、いま世に唱えられる「女性の自由解放」を超えて、「真の自由解放」をめざすことを高らかに宣言しています。そして、女性を「家庭という小天地から、親といい、夫という保護者の手から」解放し、「独立の生活」をさせること。高等教育を授け、「一般の職業」に就かせ、参政権を与えること、そうした通常に唱えられる「自由解放」は「手段」あるいは「方便」にすぎず、それをのりこえた「真の自由解放」を目的として目ざさなくてはいけないと言っています。そうした「真の自由解放」が、すなわち「太陽」としての女性の真正の姿を復活させることにほかならない、という強い意思があったのです。

▼令和の今の百年以上も前に、すでにこれだけの先見性をもった言辞を発言できたのが我々のご先祖様(おばあちゃんのそのまたおばあちゃん?)の凄いところでして、これを令和の今読んでも全く違和感がないところが、これまた日本社会という同質性第一の同調圧力マックスバリューの社会文化構造の凄いところだと思う一方、ここでは、やっぱり百年経っても男女同権は全く進んでないねえ、日本遅れてるゥ!という一般的に沸き起こりそうな向きにわざわざ棹(さお)さして、本当にそうかという健全な批判的精神でこのことを論じてみたいと思っています。

▼巻頭に掲載した土偶の写真は、教科書等で日本人なら誰もが一度は観たことがあるでありましょう、遮光器土偶(しゃこうきどぐう)の代表例です。目と下腹部(太ももまで含む)が異様に強調されたこの女性の像は、類似のものがそれはもうたくさん出土しており、現在のアニメーションの女性キャラクターを凌駕する勢いです。アニメーションの女性キャラクターの目が大きい、のは、何も最近のアニメオタクの専売特許でもなんでもなくて、縄文時代(1万年続いた)を通じてメインストリームにあった、AKBも坂系アイドルも大きく凌駕する、我々のご先祖様のフィギュア文化だったのです。エヴァの綾波レイとかアスカとか言っている場合ではございません。

▼目が大きいだけではございません。下腹部と太ももを異常に強調している、これは間違いなく、子作りができる女性に対する最大級の尊重のまなざしです。子供が生まれないと自分たちは滅ぶということを知っていた、平均寿命30歳程度の我々のご先祖様たちにとって、子作りと子孫繁栄は、絶対に外せない、コミュニティ維持の第一条件だったと考えています。令和の今であれば、ヒトは90歳近くまで生きるとされていますので、まあいっか、死ぬのはまだ先だし、となってしまうところ、この縄文時代は子供を産めるようになった女性はまさに神、だったのではないかと考えるのです。坂系アイドルのセンター程度の羨望ではありません、マジで、国家レベルの保護を受けるのが、妊娠適齢期にある女性だったと推定するのが筋でしょう。でないとこのような凝った土偶が作られ、大切に祀られていたはずがありません。最高級、門外不出のフィギュアだったはずです。

▼そんな縄文時代を1万年も過ごした我々が、稲作を覚えて国造りを行い、古墳を作って社会集団性を確立し、その後に神社というヒトの興味関心集中を集める装置を開発し、仏教といった最新大陸知識技能を取り入れながら統一国家づくりに邁進して、710年くらいに奈良の藤原京や平城京あたりに大宝律令という法令集とともに都をつくって、ようやく統一国家的な体裁を整えるまでに至るのに、だいたい500年くらい、縄文末期から500年くらいの年月がかかったというわけです。そこから、基本的には、天皇と、天皇から政治の一切合財をまかされたところの、貴族や朝廷、幕府や将軍や執権や守護地頭、それから戦国大名にいたるまで、いろいろ権力者は交代していきますが、一貫して、天皇が政治を誰かに任せてその人や組織が政治をつかさどる、という様式美は令和のいままで続いています。いまは、第99代内閣総理大臣の菅義偉(すがよしひで)という人が日本の政治を取り仕切っている、ということになっていますが、これは、平城京の前の藤原京時代にだいたい確立した天皇が誰かに政治を任せる、という様式をまったくなぞっているだけなのです。そうして、この日本の国の作り方に圧倒的な影響を与えた女性を、3名ほど紹介して、この長い文章の終わりにしたいと考えております。

▼まず、①AKB48のセンターの数百万倍の権威と尊敬が集まる、「親魏倭王(しんぎわおう)」という、日本列島始まって以来のものすごい称号を得た女性がいます。卑弥呼さん(出生地、活躍地不明、日本列島のどこか)といいます。ヒミコさんは、祈祷をよく行い、邪馬台国という、30諸国の連合国家の座長の地位にあり、よく国をまとめた、と海外の文献にあります。海外の文献、というのは魏志倭人伝という書物で、今で言えば、ニューヨーク博物館のレゾネに載るのの百万倍くらいの価値でしょうか。天皇という位の概念がおこるはるか以前に、この、当時の最高ランクの宝物である銅鏡を数百枚もらっちゃうくらいの位の高い人物が、女性であったということを、もう少し、令和の日本の(日本以外の人も含む)ジェンダージェンダーと叫ぶだけの方々にはご理解いただきたいと思っています。

▼続いて、②飛烏朝廷(現在の奈良県明日香村あたり)において天皇の位にあった推古天皇さんです。甥っ子の天才男子、聖徳太子を摂政として補佐させ、政治の一切を任せた、いわゆる今に続く「天皇任命者による統治システム」のはしりと言って良い人物です。こちらも、憲法十七条や冠位十二階といった、国の役人の心得や役職制度を整え、飛烏の朝廷を、日本列島全域に通用するものにしていったということで、その功績は特筆されるべきものだと思います。もちろん、蘇我氏(蘇我馬子)の後ろ盾というものがなければできなかった技でしょうが、今も内閣総理大臣の権威は、天皇による任命と、国民主権が建前の議院内閣制によるものであることを考えるに、1500年前も、今も日本という国をやっていく方法論としては大して違いがない、ということだと思います。彼らが建設した法隆寺も立派に今も厳然と建っていますし、こんなの、世界のどの民族の人が観てもアンビリーバボーな作品だと思います。これ、我々のご先祖様が立てたモニュメント、と日本の誰もがそう問題なく信じている、これが諸外国にはありえない、日本って奇跡だと言って良いと思います。

▼最後に、③日本神話の最高神アマテラスに擬せられる、藤原京の女王、持統天皇です。日本の神話が日本書紀や古事記にまとめられたとき、そのアマテラスは女神であり、その孫(天孫ニニギ)が日本を統治するというストーリーは、祖母の持統天皇(女帝)と孫の文武天皇(男性)の関係そのものです。持統天皇は、蘇我入鹿を殺害した殺人者であるところの中大兄皇子の次女として生まれ、殺人者の父親を天皇とし、その弟(実弟ではないという有力説あり)の大海人皇子と結婚し、天智天皇の正統後継者の大友皇子と大海人皇子との国を2つに分けた関ヶ原以上の大戦である壬申の乱を戦い、勝った大海人皇子、天武天皇の皇后となり草壁皇子を出産、天武天皇亡き後は天皇に即位、実の姉の子供の大津皇子と姉君を手にかけて殺したものの草壁皇子も病死するという不幸を乗り越え、草壁皇子の子供の、孫が文武天皇に即位するまで皇位にあり、そして天皇のおばあちゃんとして引き継いで大宝律令を制定して火葬して焼かれる、というものすごい生涯を歩んだ、尊敬できるとかできないとかいった庶民の感覚を超えたものすごい女性です。炎の女帝と言ってよく、鬼滅の刃の煉獄さんを遥かに超える骨太の人生を歩まれた、持統天皇さんに乾杯です。

▼さて、これまで、遮光器土偶(女性)から、女王卑弥呼(女性)、推古天皇(女性)、持統天皇(女性)と女性ばかり取り上げてきましたが、これらの女性たちが、日本史上特筆すべき存在であることは論を待ちません。さらに、朝鮮半島に果敢に遠征して帰還、八幡大神爆誕となられた神功皇后とか、平安中期の最高権力者、摂政藤原道長の愛人にとどまらず、世界最古の大長編エロ小説(失礼!)源氏物語を書いてみせた光GENJIじゃなくて紫式部さんとか、そのライバルにして、世界最古のアルファブロガーと言ってよい清少納言さんとか、政治だけにとどまらず対外戦争や外交、文化面においても優れた業績(というか爪痕)を残した女性は枚挙に暇がございません。

▼女性とか男性とかその他の性とかそういうのじゃなくて、その時代時代に最も適合した仕組みで国や人の集団は続いてきたのだということをもう少し知ったほうが、ある方面で喧しい(かまびすしい)のジェンダーいがみあい論争も落とし所が生まれそうな気がします。

▼それでは、全国の女性のみなさん、男性のみなさん、それ以外の性のみなさん、日本は昔からそれぞれが好き勝手やる、おたく一辺倒の国であったことを知ってご安心したかと思います。どうぞ遠慮なくご自身の好きと思えるものに邁進し、自分自身が納得できる良い人生を歩まれることを祈念いたします。ではまた明日。

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