ライオンズといえば西鉄ライオンズを忘れないようにしたい
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西鉄ライオンズ |
おはようございます。
2014年7月最後の、往年の日本プロ野球球団を振り返るという配信記事です。
先日、日本一のバス保有台数を誇る地方の電鉄会社の話を致しましたが、この会社はかつてプロ野球球団を保有しておりました。
今の若い人にはわからないでしょうが、昔は電鉄会社がプロ野球球団のオーナーになるのが「普通のトレンド」でして、阪急とか南海とか近鉄とか阪神とか国鉄とか西鉄とか、とかくわかりにくく、12球団分の選手データをメモリ制約上格納できずに10球団しかデビューさせられなかった伝説の野球テレビゲーム「ファミリースタジアム[通称ファミスタ]」においては、「レイルウェイズ」という謎の合併強力球団が登場したことも記憶に新しいところです。
いきなり[脱線]して恐縮でしたが、その初代ファミスタから更に時代をさかのぼり、西鉄ライオンズという伝説の球団があったことをご紹介します。
伝説の野武士集団西鉄ライオンズ
誕生と共に名将三原脩監督を迎えた西鉄ライオンズ。
監督は南国九州の球団として、「遠心力野球」と呼ばれる自由奔放な選手掌握術と緻密かつ大胆な采配を振るいました。
全国から集った個性派選手たちは、自主的に練習を重ねた自信と何でも言い合う自由な雰囲気と本番のプレッシャーにめっぽう強い豪胆な精神力を持ちあわせ、伝説の日本シリーズ三連覇を遂げたのです(セ・リーグの相手は全て読売ジャイアンツです)。
都心そのままの平和台球場で試合が終わったあとは、そのまま中洲に飲みに行く選手も多く、お店で一緒にファンと酒を飲んで語るなど、異常なほど距離が近かった球団です。
そうして「野武士軍団」といった評判を勝ち得ていったのです。
しかしながら、プロ野球団を運営するメリットは圧倒的な知名度を誇る野球というスポーツによるイメージアップ、球場への観戦客からの運賃収入などが挙げられますが、平和台球場はあまりに近すぎました。
そして、鉄道会社にとって球団経営はあくまで副業です。元々、本業の鉄道事業も公共性が強いことから利用者、株主、債権者等の目もあり経営は大変厳しい場合も多く、そうした中、事業採算面に鑑みて手放していったことが多いわけです。
特に鉄道・バス動員数に限りがある地方都市に三連覇のプロ野球球団を抱えておくことが難しくなってきたことは想像に難くありません。
当時から球場近くで野球用具ショップを営む店主よりお聞きした話は以上です。
(平成26年7月31日 木曜日 最終更新:2016年7月31日 日曜日)